応用:為替リスクと意思決定
担当:甲南大学 三上和彦 藤川清史
 これまでの学習で,先物為替予約及び通貨オプションを利用したときの損益がどのようになるかが理解できたと思います.では,どちらの方法を用いて為替の変動によるリスクに対応すべきなのでしょうか.次のような為替リスクに直面している輸出企業にとっての意思決定問題を考えてみましょう.

  • 1000万ドル相等の品をアメリカで販売(輸出)し,3ヶ月先に決済
  • 3ヶ月先の為替レートによって,円建てでの売り上げが変動(為替リスク)する可能性

現在のスポット・レートは1ドル=100円とし,円高(ドル安,1ドル=95円)は確率0.5で,円安(ドル高,1ドル=110円)も確率0.5で起こると予想しているとしましょう.こうした「為替リスク」への対処として,次の行動が考えらます.

  1. 為替リスクの回避:輸出そのものを止める
  2. (リスク・コントロールとしての)為替リスクの転嫁:円建てでの取引契約
  3. 為替リスクの保有:3ヶ月先の為替レートでドルを円に転換
  4. 為替リスクの転嫁:ヘッジ取引(先物為替予約(1ドル=100円),通貨オプション)
注意: 為替先物の価格は,現在の為替レート以外に,円金利とドル金利にも依存します.現在のように,ドル金利の方が円金利よりも高い場合には,為替先物のレートは現在のレートよりも高くなりますが,ここでは,ドル金利と円金利が同じ水準であると仮定しています.
 この意思決定問題のデシジョン・ツリーは次のようになります.

それぞれの行動をとった場合のメリットとデメリットは次のようにまとめることが出来ます.

  • 為替リスクの保有:
    ―メリット:大きい為替差益(円安の場合)
    ―デメリット:大きい為替差損(円高の場合)
  • 先物為替予約:
    ―メリット:為替リスクが完全に消滅
    ―デメリット:為替差益を放棄
  • 通貨オプション:
    ―メリット:為替変動による損失を抑え,為替差益を得る可能性を残す
    ―デメリット:オプション料を支払う必要
まず,上に挙げた行動のうち,どれか1つを選ばなければならないときには,何を選択すべきかを考えてみましょう.
 次のような「通貨オプション」を選んだとしましょう.

ドル・プット・オプション
  • 行使価格:1ドル=100円
  • オプション料:1ドル当たり2円

 ドル・プット・オプションを1000万ドル分購入すると,オプション購入費用=2×1000万=\2000(万円)であるので,3ヶ月先に円高になった場合と,円安になった場合に最終的に得られ円建てでの資産額は以下のように計算されます.
 円高(1ドル=95円)になった場合,ドル・プット・オプションを行使するので,$1000万×100=10(億円)の収益を得ます.したがって,トータルで,10-0.2=9.8億円 が最終的に得られる円建てでの資産額になります.
 円安(1ドル=110円)になった場合は,ドル・プット・オプションを放棄し,受け取った1000万ドルを市場で売却して,$1000(万)×110=11億円を得ます.したがって,トータルで,11-0.2=10.8億円 が最終的に得られる円建てでの資産額となります.
「円高」,「円安」になる確率は0.5と予想しているので,円建てでの最終的資産の期待値は

分散は

標準偏差=0.5と計算されます.
 次に「先物為替予約」を選んだ場合を考えてみましょう.すると,将来1000万ドルを受け取ることが確実で,しかも1ドル=100円で売却することが出来るので,その期待値は

10億

となり,その分散及び標準偏差は0となります.
「リスクの保有」を選んだ場合を考えます.3ヶ月先に1000万ドル受け取ったら,そのときの直物相場で,それを円に転換するので,最終的資産の期待値は

分散は

標準偏差=0.75と計算されます.
 それぞれの行動によって得られる円建てでの最終的資産の期待値と標準偏差は次の表6.1のようにまとめられます.

表6.1
  先物為替予約 通貨オプション リスクの保有
期待値 10 10.3 10.25
標準偏差 0 0.5 0.75
期待値−標準偏差 10 9.8 9.5

 一回限りの取引の場合は,期待値・分散原理では「為替予約」,ミニ・マックス原理でも「為替予約」を選ぶべきです.長期的に何度も同様の取引を行う場合は,期待値の額を平均的に得られる(大数の法則より)ので,期待値のみを比較すると,「通貨オプション」を選ぶべきです.
 現実には,輸出入を行わなければならない企業は,複数の金融資産を用いて為替リスクをヘッジしています.例えば,次のように,金融資産を分散して用いる場合を考えてみましょう.

  • 500万ドル分を「先物為替予約」:1ドルを100円で売る
  • 500万ドル分の「通貨オプション」:ドル・プット・オプション(行使価格1ドル=100円,オプション料:1ドルにつき2円)

 このとき,円高(1ドル=95円)なれば,「先物為替予約」から最終的資産の期待値は5億円となります.「ドル・プット・オプション(オプション料1000万円)」から,この場合オプションを行使するので,

$500万×100 = 5億円

の収益を得ます.したがって,トータルで,4.9億円の利益となります.
 一方,円安(1ドル=110円)になれば,「先物為替予約」から最終的資産の期待値は5億円となり,「ドル・プット・オプション(オプション料1000万円)」は放棄されるので,

$500万×110 = 5.5億円

を得ます.したがって,トータルで,5.4億円の利益となります.
 このようにリスクを分散させたときの期待値は

分散は

標準偏差=0.25と計算され,

期待値 - 分散 = 10.15 - 0.25 = 9.9

となります.
リスクを次のように更に分散させた場合を考えてみましょう.

  • 200万ドル分のリスクを保有
  • 400万ドル分を為替先物予約
  • 400万ドル分の通貨オプション

 将来,円高(1ドル=95円)になれば,「リスクの保有」から,$200万×95=1.9億円を,「先物為替予約」から,$400万×100=4億円を得,「ドル・プット・オプション」から,このときオプションを行使するので,

$400万×100 = 4億円の収益

を得ます.2×$400万=800万円のオプション料がかかっているので,トータルで,3.92億円となります. 円安(1ドル110円)になった場合,「リスクの保有」から,$200万×110=2.2億円,「先物為替予約」から,$400万×100=4億円を得,「ドル・プット・オプション」から,このときオプションを放棄するので,

$400万×110 = 4.4億円の収益

を得,2×$400万=800万円のオプション料がかかっているので,トータルで,4.32億円となります.
 このリスク分散による最終的資産の期待値は

分散は

標準偏差=0.35と計算され,

期待値 - 標準偏差 = 10.17 - 0.35 = 9.82

となります.

注意: 「通貨オプション」に全額をつぎ込む場合と比べ,最終的資産の期待値は低下しているが,標準偏差(リスク)も低下している.
 これまでの例では,将来円高になる確率と円安になる確率は半々としてきましたが,将来円安が進むと予想する場合,円安となる予想確率が大きくなります(例えば2/3).このときの最終的資産の期待値もこれまでと同様に計算され,

分散は

標準偏差=0.33となります.

期待値 - 標準偏差 = 10.29 - 0.33 = 9.96

 一般的に,トヨタなどの輸出企業は,将来円高が進むと予想しているならば,先物為替予約の比率を大きくし,将来円安が進むと予想している場合は,通貨オプション,リスクの保有の比率を大きくすべきです.
 また,日本マクドナルドのような輸入企業は,将来円高が進むと予想している場合は,通貨オプション,リスクの保有の比率を大きくし,将来円安が進むと予想している場合は,先物為替予約の比率を大きくすべきです.

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