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modern chinese economy
コラム:銀行部門のバランスシートと貨幣(信用)乗数
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史


 このコラムでは、金融の仕組を理解する第一歩である銀行部門の「バランスシート(貸借対照表)」のアウトラインを説明します。まず、「銀行部門」とは人民元を唯一発行可能な「中国人民銀行(中国の中央銀行)」と、預金を受け入れる「銀行」とから構成されると考えてよいでしょう。「預金を受け入れる」金融機関に限定したのは、預金が同時に支払い手段(預金振り替え)という貨幣の役割を果たしているからです。なお、説明を分かりやすくするため、対外取引や政府の人民銀預金を無視しておきます。

 中国の金融の中心に位置する人民銀行は、「人民元」という中国の国民通貨を管理する番人であり、人民元はまず人民銀行による銀行貸出(以下、「人民銀貸出」と表現します)により供給されていきます。具体的にはその貸出が人民銀行にある市中銀行の預金口座(「人民銀預け金」とか「準備預金」と言います)に振り込まれ、それを現金化することによって市中銀行は顧客の現金引き出しに答えます。このような訳で準備預金はしばしば「現金予備軍」と呼ばれます。また、取引決済が預金決済で行われる場合、最終的な決済関係はこの準備預金口座に集中されます。この意味で人民銀行にある準備預金口座は、中国全体の決済機構の中心に位置する重要な仕組みです。ですから

 人民銀貸出=現金+準備預金

という関係が成立します。この右辺の合計を「マネタリーベース」とか「ハイパワードマネー」、あるいは「ベースマネー」と言います。後に説明する預金通貨を含めた全貨幣供給の「源」になる部分だからです。なお、ここで言う「現金」とは銀行部門以外に流通している現金のことです。人民銀行は貸出の代価として必ず銀行から「貸出債権」を取得しますので、上の左辺は人民銀行の「資産」、マネタリーベースはその「負債」という意味を持ちます。ここで「負債」という奇妙な表現を使いましたが、人民銀行の負債は非常に特殊で、単に輪転機を人民元を刷れば増やすことができ、かつ返済する必要のない負債です(この特権を「通貨発行特権」と言います)。

 次に、市中銀行は(1)預金、(2)人民銀貸出(銀行サイドからは借入)、(3)他の銀行からの借入(「コール資金借入」と呼んでおきます)、を主要な資金源として貸出を行います。なお、「貸出」とは企業に対する貸出だけでなく国債等の証券での運用を含むものと理解して下さい。そして銀行は預金の一定割合を「準備預金」もしくは「中央銀行預け金」として人民銀行に預けておかなければなりません。こうした仕組みを「部分預金準備制」と言います。したがって市中銀行について

 貸出+準備預金=預金+人民銀貸出+コール資金借入

という関係が成立します。左辺は市中銀行の資産(資金運用残高)、右辺はその負債(資金源泉)です。  銀行間の貸し借りは集計すると必ずゼロとなりますので、銀行部門全体としては「コール資金借入=0」です。したがって人民銀行と市中銀行のバランスシートを合計すると、人民銀行貸出と準備預金が相殺されますので

 貸出=現金+預金

という関係が得られます。この右辺を「マネーサプライ」と言います。つまりマネーサプライとは現金通貨と預金通貨の合計のことであり、人民銀行を含む銀行部門全体としての(非銀行部門に対する)負債のことです。またそれは必ず(非銀行部門に対する)貸出に一致します。ですからマネーサプライはしばしば「貸出の鏡の裏面」と言われます。要するに銀行部門は現金・預金という比較的安全な資産を貸出という危険な資産に変換していると言ってよいでしょう。これが銀行の「資産変換機能」であり、この機能が麻痺すると経済は深刻なダメージを被ります。

 次に、少し技術的になりますが、セントラル・バンキングの要諦とは(1)中央銀行貸出を変更することによって準備預金の過不足を調節する、(2)その過不足を調整する場がコール市場であり、その結果としてコール・レート(コール市場の金利)に中央銀行の金融調節の強弱が反映される、(3)コール・レートが資金需給のバロメータとして機能するため、その変動を通じて銀行の貸出が変動する、(4)その銀行貸出により経済が拡大したり縮小したりする、というメカニズムに要約されます。ただし中国ではこのメカニズムは十分確立されていないようです。

 他方、銀行部門の負債面に関して、「貨幣乗数」とか「信用乗数」と呼ばれる簡単な関係が成立します。いま非銀行部門(家計・企業・政府の総称)が預金に対して一定割合の現金を保有しようとしていると考えて下さい。そしてこの預金に対する現金の比率を「現金預金比率(現金性向とも言います)」と呼ぶことにします。すたがって「現金=現金預金比率×預金」です。同様に、市中銀行の預金受入残高に対する準備預金の割合を「預金準備率」と呼びます。このとき「準備預金=預金準備率×預金」という関係が得られます。なお、「法定準備率」とは銀行が最低限積まなければならない預金準備率を、「超過準備」とはこの法定準備を上回る準備預金を指します。そうするとマネーサプライは

 マネーサプライ={現金預金比率+1}×預金

と変形でき、またマネタリーベースは

 マネタリーベース={現金預金比率+預金準備率}×預金

と表現できますので

1+現金預金比率
 マネーサプライ= ―――――――――――― ×マネタリーベース
現金預金比率+預金準備率

という関係が得られます。この右辺第一項の分数を「貨幣乗数」もしくは「信用乗数」と言います。預金準備率は1よりもはるかに小さな数ですので、貨幣乗数は一般に1より大きい数字になります。したがって上の関係は「マネタリーベースの貨幣乗数倍のマネーサプライが創出される」ことを意味します。いわばマネタリーベースの僅かな変動が、テコの原理のように一国全体としての貨幣供給に大きな影響を及ぼすわけです。そして(1)現金預金比率が高いほど、(2)預金準備率が高いほど、貨幣乗数は小さくなります。

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