modern chinese economy
コラム:中国の自由貿易協定と諸侯経済
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史
2002年11月、中国は ASEAN(東南アジア諸国連合)との自由貿易協定(Free Trade Agreement:以下FTAと略記します)交渉開始に合意し、世界をあっと言わせました。その後話しはとんとん拍子で進み、ASEAN先発6ヶ国との2010年FTA完成を目指して現在、関税等の撤廃作業が進行しています。一つにASEANは中国と同様、多国籍企業の役割が非常に大きく、自由な貿易は相互の貿易拡大を促進する可能性が高いこと、雲南省という東南アジアと歴史的つながりの強い地域との経済統合を見込めること、中国製品の東南アジア市場への食い込みが容易になること等の考慮に加えて、おそらく中東からの輸入石油に今後ますます依存せざるを得ない中国にとって、「シーレーンの確保」が戦略的重要性を高めていることがその背後にあるのでしょう。ASEANは1967年に東南アジアの反共勢力形成という政治的意図から創設された国際組織であるという歴史的経緯を考えると、隔世の感があります。
その一方で、「中国国内の自由貿易協定」の必要性を痛感する人は少なくないはずです。中国はビジネス界の人なら誰でも知っている「諸侯経済」のお国柄だからです。ここで「諸侯経済」という言葉は二つの意味で用いられているようです。その第一は「地方政府の地元企業保護」、例えば四川省の百貨店の家電製品販売コーナーに置かれている製品は地元の長虹製品で、他省の製品は置かないといった具合です(そのように地元政府が指導しているようです)。こうした隠れた保護措置は今でもたくさん残っているようで、中央政府は禁止しているのですが、なかなか改まりません。
第二の意味は「フルセット型産業構造」でしょう。中国は日本と同じくフルセット型産業構造の国です。実際中国は東南アジアと違って、品質やコストを問わなければ衣食住から工作機械、原爆、人工衛星まで一応なんでも作ることができます。長い「自力更生」の歴史があるからです。ところが中国の言う自力更生は「地域単位での自力更生」にまで及びます。中国流に表現すれば「大而全、小而全(大も小も全て持つ)」です。例えば有名な話ですが、50年代末に発見された大慶油田(黒龍江省)の開発は俗に言う「会戦方式(人海戦術のこと)」によって行われましたが、宿舎の前に畑を作って作業員の食料までも自力調達したとのことです。
第二の意味での諸侯経済症候群は、自動車や鉄鋼業が典型例として指摘されてきました。例えば中国の鉄鋼生産量は現在世界第一位ですが、最大手の上海宝鋼集団といえどもアルセロール(ルクセンブルグ)、新日鉄(日本)、JFEスチール(日本)、POSCO(韓国)、LNM(オランダ)に続いて世界第六位の規模しかありません。中国には200社を超える鉄鋼メーカーがひしめいているからです(大手は宝鋼集団、旧満州時代の大昭和製鉄を起源に持つ遼寧省の鞍山鋼鉄、北京の首都鋼鉄、湖北省の武漢鋼鉄)。同様に、近年中国の自動車生産は飛躍的に拡大していますが(2002年で325万台)、同業界は23省にわたって123社がひしめく戦国時代です。最大手は上海汽車、吉林省の一汽集団、湖北省の十堰(じゅうえん)という辺境に本拠を構える東風汽車(第二汽車)ですが、年産50万台を超えるのはわずかに前二者だけであり、大部分の中小95社は年産1万台にも達していません。
表10-4 中国の地域間交易フロー・シェア(製造業、2000年、%)
移出地域 |
移入地域 |
合計 |
1.東北地区 |
2.北部直轄市 |
3.北部沿海 |
4.中部沿海 |
5.南部沿海 |
6.中部地区 |
7.西部地域 |
9.海外 |
1.東北地区 |
7.8 |
0.1 |
0.2 |
0.2 |
0.1 |
0.1 |
0.1 |
0.6 |
9.2 |
2.北部直轄市 |
0.1 |
2.8 |
0.2 |
0.1 |
0.1 |
0.1 |
0.1 |
0.8 |
4.2 |
3.北部沿海 |
0.4 |
0.3 |
10.4 |
1.1 |
0.4 |
0.8 |
0.6 |
0.8 |
14.8 |
4.中部沿海 |
0.4 |
0.1 |
0.6 |
19.2 |
1.0 |
1.0 |
0.6 |
3.8 |
26.6 |
5.南部沿海 |
0.1 |
0.0 |
0.1 |
0.6 |
7.7 |
0.4 |
0.5 |
5.5 |
15.0 |
6.中部地区 |
0.2 |
0.1 |
0.5 |
1.4 |
0.9 |
13.8 |
0.9 |
0.5 |
18.3 |
7.西部地域 |
0.1 |
0.1 |
0.1 |
0.4 |
0.4 |
0.5 |
9.8 |
0.5 |
11.8 |
注) | 移出地域から移入地域に販売された金額の全取引額に占めるシェア。海外は輸出、合計は各地域総生産額の全国生産額に対するシェア。計数は輸入を控除した国内取引金額シェア。地域区分は次の通りである。 東北地区:遼寧・吉林・黒龍江省、北部直轄市:北京・天津、北部沿海:河北・山東省、中部沿海:上海・江蘇・浙江省、南部沿海:福建・広東・海南省、中部地区:山西・安徽・江西・河南・湖北・湖南省、西部地域:その他12省・市。 |
資料) | Asian International Input-Output Project, IDE/JETRO, Multi-Regional Input-Output Model for China 2000, IDE/JETRO, 2000. |
これらはほんの一例ですが、現状のより包括的把握はアジア経済研究所のデータである程度可能です(
表10-4)。この表は2000年時点における中国の国内各地域間(区分・読み方は注を参照して下さい)の製造業部門取引(中間財・最終財合計、輸入控除済み)を中国全取引に対する割合で示したものです。また、「9.海外」とは各地域の輸出、最後の合計は各地域製造業生産額シェア(対全国比)を表わします。この表を観察すると幾つかの興味深い事実が浮かび上がってきます。その第一は、「中国の国際貿易は飛躍的に拡大した」とのイメージとは裏腹に、中間財も含めた全取引に対する輸出のウェイトは中国全体で12.5%と、意外に低いという事実です。そのギャップは中国が大国であることに加えて、外国貿易が華南や長江下流域に集中しているということで埋めることができるでしょう。しかし第二に、対角線上の数字が示しているように、「中国の製造品販売先は各地域内部であり、その他地域への販売は少ない」ことが分かります。実際、この対角線上の地域内部取引は全取引の71.5%を占め、地域間取引のシェアはわずか16%しかありません。耳にタコができるほど「全球化、全球化(グローバリゼーションのこと)」と叫ばれている中国ですがそれは全球化の恩恵に浴することが可能な東部沿海部のこと、その一方で肝心の国内経済統合が一部産業を除いて遅れているのです。「中国は依然、地域単位での自給構造が根強く残る国」であることは間違いなさそうです。