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modern chinese economy
コラム:「元」と「円」
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史


 日本では中国の通貨を「元(ゲン)」と呼んでいます(人民元とも言います)。しかし英語表記では”yuan”です。ずいぶんと日本の「円(yen)」と似た発音であることに気付かれたでしょう。実は、中国の紙幣をよく見ると「元」とは書かれていません。戦前期において日本が使っていた「圓」が正式な表記で、「元」はそれを簡略化した「簡体」表記です(その下の桁を「角」と言います)。このように日本の国民通貨「円」と中国の国民通貨「元」は同じマルイという意味の「圓」であり、日本の「圓」は戦後簡略化されて「円」となり、中国では「元」と簡略化されているわけです。「ドル」という通貨呼称を採用している国は多いのですが(アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等)、日本と中国が同じ通貨呼称を持っていることを知る人は意外に少ないように思われます。実際、中国では日本の「円」のことを”yuan”と発音しています(米ドルは「美元」日本円は「日元」と表記されます)。

 ちなみに、yuanに近い発音を持つ通貨は他にもあります。台湾ドルは当然として(台湾の通貨もやはり「圓」です)、お隣の韓国の通貨はWon、ベトナムの通貨はDongです。奇しくもすべて漢字圏であり、中国との歴史的つながりと無縁ではなさそうです(ベトナムは長らくフランスの植民地であったため、フランス語風の文字を使用していますが、お年寄りの方々のたしなみが「漢詩」朗読であったことからも分かるように、かつては朝鮮王朝と同じく朝貢関係を通じて中国によしみを通じていたという歴史的経緯があります)。

 中国の貨幣制度は意外に古いようです。古代中国王朝物小説で一躍人気が出た宮城谷昌光の出世作「天空の舟」は中国古代王朝の一つである「商(殷とも言い、紀元前1500-1027年の約500年間存続)」の建国当時を扱ったものですが、その商王朝は東アジアで最初に文字を発明した王朝です。ちなみに当時の日本はまだ縄文時代であり、卑弥呼が登場するのはずっと後の三国志の時代です(商の後は西周、東周、孔子が出た春秋戦国時代、最初の統一王朝である秦、項羽と劉邦で有名な前漢、そして後漢、三国志時代と続きます)。ところが驚くべきことに、その商王朝では貨幣が使用され始めていたようなのです。具体的には当時の中心は現在の河南省であり(「中華」とはこの河南省一帯)、遠く離れた東の海は一般の人々の生活とはあまり関係ありませんでした。こうした環境にあって希少でかつ利便性に富む「あこや貝」が通貨として使用され、しかもその流通量をコントロールするために王室の倉庫にあこや貝が貯蔵されていたそうです。現在の中央銀行の原型が既に古代中国で確立されていたということであり、さすが文明の発祥地中国という感を否めません。小説の世界なので真偽のほどは定かでありませんが、「圓」という文字そのものが「貝」に由来していたことは想像に難くありません。

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