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modern chinese economy
コラム:切り下がる通貨と切り上がる通貨
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史


 一般の人にはあまり知られていませんが、過去30年間において東アジアで最もその価値が低下した通貨は「中国元」です。図12-10はアメリカ・ドルに対する各国通貨の実質価値を、1981年を100として指数化したものです。数値が上昇したときその国の通貨は「切り上がった」ことを、低下したとき「切り下がった」と理解していただければ結構でしょう。

図12-10 東アジア各国の対米ドル実質為替レート(1981年=100)
図12-10 東アジア各国の対米ドル実質為替レート(1981年=100)
注) 実質為替レート=各国消費者物価/{各国通貨対米ドル為替レート×米国消費者物価}により計算した。NIEs4は韓国・台湾・香港・シンガポールの平均(貿易金額ウェイト)、ASEAN4はタイ・マレーシア・インドネシア・フィリピンの平均。
資料) IMF, International Financial Statistics.

 日本円は米ドルに対して持続的に切り上がってきた世界でも数少ない通貨の一つであり、物価変動を考慮すると、1970年代初頭から計算してピークの1995年までに約4倍切り上がりました。これに対して、人民元の対米ドル為替レート(物価変動調整値)は過去30年間で約4分の1に切り下がっており、特に1981年において極端に切り下がりました。ちなみに1997-98年に韓国や東南アジアの通貨が暴落しましたが、中国元の切り下げに比べるとその色を失ってしまいます。それほど改革・開放後中国の為替レート切り下げはすさまじかったということです。というか、元々中国元は輸入に有利・輸出に不利になるように人的に決められていました。改革・開放後から1993年までの人民元切り下げは、この不合理な為替レートの是正という側面が強かったと考えられます。

 第二に、80年代後半以後の東アジア各国・地域の対米ドルレート推移に注目して下さい。図によると85年以前の各国為替レート推移は程度の差はあれ団子になって推移しています。ところが1985年以降、日本を含む東アジア域内で異変が起こりました。日本円、アジアNIEsの通貨がアメリカ・ドルに対して切り上がっていくのに対し、東南アジア通貨、中国元の対米ドルは90年代初頭まで一貫して切り下がっています。要するに初期の中国開放政策の成功の背後には、東アジア大での大規模な通貨調整があったのです。実際、80年代後半の加工貿易拡大や香港・台湾からの直接投資拡大の背後にはこの大きなうねりが存在しました。そして90年代後半からは、電子関連の貿易に端的に現れているように、アメリカのITブームの影響が強くなっていると考えられます。開放政策の成功は世界経済情勢の変化という「風に乗る」ことによって可能になったと言ってよいでしょう。

 第三に、中国元の対米ドルレート切り下げはようやく93年で底を打ち、現在、若干切り上がっている状態にあります(1993年のボトムを基準にとると、2002年時点で約26%切り上がりました)。しかし中国元の切り上げの程度などは、国際基準から言えばそれほどでもありません。少なくとも70年代初頭からの日本円のような「持続的切り上げ」という兆候はまだ観察されていないように思われます。長期の歴史的視点からは、「ようやく底を打った」というところでしょう。これが日本円並みに切り上げのトレンドに転換するためには、製造業における相当の国際競争力強化が必要となります。また、仔細に観察すると、人民元の切り上げは1998年でストップしており、その後再び切り下げ傾向にあります。公定為替レートは8.27-8.30元/ドルでほとんど変わっておりませんので、その調整はもっぱら中国の物価下落によって行われています。一国通貨の実質価値が減少している局面とは一般にあまり経済状態がよくないときです。マクロの数字は明らかに中国経済の変調を示唆しています。

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