human and environment
4-1. 環境ホルモンとは
- ヒトからみた環境 -  玉利 祐三

4-1-4. 毒性と安全量
安全基準
 ダイオキシン(類)による急性毒性は、1000 pg以上/kg体重/日で起きるので100倍の安全率をかけて、 1990年WHOでは許容限度としての耐容一日摂取量(TDI:Tolerable Daily Intake)を10 pg/kg体重/日(ただし、TCDDに対する設定値: Kocibaの発がん性から算出されたもの)としました。

 これを受けて、当初、我が国の厚生省でもこの値を採用しました。安全率(安全係数)のかけかたは、国により異なりますが、例えばイタリアでは相当厳しく1000倍の安全率をかけて1 pg/kg体重/日としていますが、ほとんどの国で1〜10 pg/kg体重/日のところが多いようです。

 1996年12月、環境庁のダイオキシンリスク評価検討委員会では、ダイオキシンの健康リスクを考えた安全量が次のように定められました。安全指針としての耐容一日摂取量は、環境庁では5 pg/kg 体重/日とされました。

 この値はその半年前の厚生省指針の10 pg/kg 体重/日の2倍の安全率をかけ、さらに厳しい基準が提示されたものです。しかし、1998年WHOはダイオキシンの耐容一日摂取量をコプラナーPCBを含めて1〜4 pg/kg体重/日の範囲と改め、我が国でも1999年6月環境庁と厚生省の合同専門家会議で4 pg/kg体重/日と改められました。

毒性
 動物に対する毒性を考える場合、毒性が最も強い 2,3,7,8-TCDD の相対毒性を1とし、それよりも毒性の弱い他の16種類(最も低いもので2,3,7,8-TCDD の1万分の1)の相対毒性を考慮して、混合物と同じ毒性になる 2,3,7,8-TCDDの重さ(量)をその混合物の毒性等量(TEQ:Toxic Equivalents Quantity)といい、これがダイオキシンの総量(換算値)としてよく用いられます。

 つまり、実際に報告されている数値は、分析されたいくつかの種類のダイオキシンを2,3,7,8-TCDD に換算して、一つの数値(濃度としては〜pg TEQ/g)に表したものが多いようです。ダイオキシンは、前述のように210種類(PCDDで75種類とPCDFで135種類)ありますが、そのうちの17種類だけが毒性を示し、その他の193種類は毒性がほとんどないか、毒性があっても現在のところ分かっていないのが現状です。

 例えば、濃度の単位には、ダイオキシンが脂肪に蓄積されやすいことから、「pg TEQ/g脂肪」(これは、脂肪組織1 gあたりに含まれるダイオキシン総量の換算値を意味しますが、単に「 pg /g脂肪」、 「pg /g 」と略される場合もあります)として表示されることもあります。

 なお、動物実験による急性毒性では、胎児の奇形の誘発、がんの増殖、免疫系への障害などがみられるとの報告があります。

 2,3,7,8-TCDD ダイオキシンの LD50(半数致死量)は動物の種類によって大きく異なります。例えば、LD50 は、モルモットでは 0.001、サルで 0.07、ラットで 0.2、イヌで 3.0 そしてハムスターで 5.0 mg/kg体重であり、動物の種類によって5千倍も違うことが注目されます。

 ヒトのLD50は分からないのですが、1976年イタリアでの化学工場の爆発により2,3,7,8-TCDD 約3kgを含む粉塵が住民にふりそそがれた事件がありました。事故に対して何の対策もとらないまま1週間程が過ぎ去り、その間ダイオキシンを多量に含む粉塵(雪の粉)で遊び、 TCDD をかなり浴びた子供達がいたのですが、死には至らず、塩素座瘡(ざそう)にかかったのみでした。

 また、その事故後、工場付近の住民でTCDDを多量浴びた26人の母親らは、全く正常な子供を出産したという報告があり、その後も継続調査がなされています。  このように、ヒトはサルよりもそしてモルモットよりもダイオキシンに対して強いのでしょうが、安全基準(WHOの1〜4 pg/kg体重/日)は、ラットとヒトの種差(10倍)、ヒトの個体差(10倍)、影響の重大性(1〜10倍)、不確実係数(100〜1000倍)等を考慮して算出されているのです。

 ただし、先のイタリアのダイオキシン事故に際して正常出産したからといってダイオキシンが直ちにヒトに害がないと考えるのは危険です。それは、ダイオキシンが別名「環境ホルモン」と呼ばれるように環境中に存在する化学物質でそれが体内に入るとホルモン様の作用(例えば女性ホルモンのエストロゲン等)をし、「疑似ホルモン」、「ホルモン作用撹乱物質」、「内分泌撹乱化学物質」として認識されているからです。

 周知の通りホルモンは体内で極微量の濃度レベルで作用し、ダイオキシンが極微量( ppt 濃度、ピコグラム pg 量レベル)であっても妊娠中(おそらく胎生期)の胎児に影響、例えば成人になってからの精子数減少、生殖器官の未発達、精巣がん、子宮内膜症、子宮がんなどが懸念されているのです(T. Colbornら及びD. Cadbury)。しかし、環境ホルモンとこれらの症状との因果関係については、現在のところ証明されるには至っていません。

 このような「環境ホルモン」は、ダイオキシンの他に殺虫剤として知られている DDT 、絶縁油として変圧器やコンデンサーに利用されたPCB もあり、七十数種類の合成化学物質が知られており、体内で「ホルモン作用撹乱物質」として作用することが研究により明らかにされつつあります。これらの多くは、塩素を含む合成化学物質(有機化合物)であり、その化学構造を図13に示しています。

 このように、人体に有害な化学物質を評価する場合には、ダイオキシンのみを取り上げるのではなく、他の数多くの有害化学物質もふまえて総合的に考察するのが本来の姿だと私は考えています。


図3 塩素を含む合成化学薬品