human and environment
4-2. 母乳とダイオキシン
- ヒトからみた環境 -  玉利 祐三

4-2-2. 母乳中のダイオキシン濃度、平均濃度、摂取量の意味するもの
代表値としての平均値
 これまでに調査されてきた母乳中のダイオキシン濃度を以下の表にまとめました。1973〜1990年のデータでは母乳中のダイオキシン濃度が24〜30 pg TEQ/g脂肪と比較的高い数値を示していますが、1990年以降では、総平均として15.2 pg TEQ/g脂肪と算出されました。勿論、その濃度範囲は大きく変動(2.8〜76 pg TEQ/g脂肪)しています。

 実際には、個人(母乳)により大きく変動するのでしょうが、報告値の平均値からみますと、初産婦と経産婦ではそれぼど母乳中のダイオキシン濃度に差がみられず、出産後の経過日数による変化も少ないことが分かります。また、表中の報告にみられるように、母乳中の脂肪含有率の変動(1.4〜6.6%)により当然母乳中のダイオキシン濃度は大きく異なることが注目できます(0.06〜0.92 pg TEQ/g母乳)。

 このように、母乳を採取した時点(授乳の前乳、中間乳、後乳になるに従って脂肪濃度が増加します。また、初乳、移行乳、成熟乳になるに従って脂肪濃度が増加します。)、つまり、どのような段階の母乳を分析したのかを示さなければ、一口に母乳中のダイオキシンといっても、単純なものではないことがお分かり頂けたことと思います。従って、母乳中のダイオキシン濃度を一つの"代表値"で表すことは非常に難しいのです。

 ちなみに、各国での母乳中のダイオキシン類の濃度は、オーストリアの 17〜19、ベルギーの34〜40、カナダの 16〜23、デンマークの 19、フィンランドの 16〜18、ドイツの 28〜32、ハンガリーの 9〜11、インド及びニュージーランドの 6、ユーゴスラビアの 12、オランダの37〜40、ノルウェーの 15〜19、スウェーデンの 20〜23、イギリスの 29〜37、米国の 15〜17、パキスタンの 13そしてベトナムの 7〜32 pg TEQ/g脂肪と報告されています。おおまかには9〜40 pg TEQ/g脂肪でしょう。ただし、これまでの報告をまとめればの話ですが。






ダイオキシン摂取量
 前述の母乳中のダイオキシンの分析値(報告値)は、分析方法と母乳の採取時期により一つの分析値が大きな変動幅を持つことがお分かりになったことでしょう。個々の母乳中のダイオキシン濃度は平均値として報告されていますが、本来その平均値のもつ範囲(標準偏差、その他)を示すべきです。しかし、乳児のダイオキシン摂取量を算定する場合、平均値のみを代表値として数値処理することが多いのです。

 下表では、生後0日から180日の乳児の摂取するダイオキシン量を算定してみました。ただし、母乳中のダイオキシン濃度を平均15.2 pg TEQ/g脂肪とし、母乳中の脂肪濃度を平均3.5±3%(0.5〜6.5%)としました。これから算出される一日当たりのダイオキシン量を乳児の体重1 kg当たりに換算して表に示してあります。また、脂肪濃度を最低値0.5%〜最高値6.5%とした場合についてもダイオキシン摂取量を算定してみました。

 上の算定では、母乳中のダイオキシン濃度を平均値の15.2 pg TEQ/g脂肪としましたが、実際には2.8〜76 pg TEQ/g脂肪、あるいはもっと広範囲な数値なのでしょうから、母乳中の脂肪濃度の変化を考慮してダイオキシン摂取量の範囲を推定してみました。この結果、表から分かるように、上限値は大きな数値になるのは当然でしょうが、下限値は分娩後の経過日数によらずおおむね「10 pg/体重/日以下」となることが注目できます。

 また、母乳中のダイオキシン濃度を2.8 pg TEQ/g脂肪(最低値)とし、脂肪を0.5%(最低値)そして一日当たりの乳児の母乳哺乳量を750 ml、乳児の 体重が4.6 kg(生後30日の平均体重)とすれば、乳児のダイオキシン摂取量は「0.8 pg/kg体重/日」となり、先に示したWHO並びに我が国の耐容一日摂取量の「1〜4 pg/体重/日」をクリアーしていることがわかります。しかし、逆に上限値に着目すれば耐容一日摂取量の何倍も大きくなることは自明です。

 報道では、この母乳中のダイオキシンの"ある平均値、平均脂肪量、平均授乳量"などから乳児のダイオキシン摂取量を算定し、この値が耐容一日摂取量の何倍にあたり、母乳汚染を警告しているのですが、上述の算定のように"耐容一日摂取量をクリアーする母乳"もあれば、"クリアーしない母乳"もあるのです。

 さらに、一つの母乳試料のダイオキシンの分析値(繰り返しの平均値)がどれくらいのバラツキ(平均値±標準偏差:前述の例では5±5 pg/g)の幅(範 囲)をもっているのかでも評価が異なります。つまり、検出限界値以下を意味するのか、逆に検出限界をわずかに超えた分析値を濃度換算のために何十倍も乗け大きな数値にふくらせたものか、それとも十分認識検出できる数値から数値換算したものかでは評価が全く異なるわけです。

 また、普段の生活では母親の食する食材が一定ではなく、量的にも質的にも異なり、その結果母乳へのダイオキシン移行量も当然異なるため、乳児に常に一定量のダイオキシンが摂取され続けると解することは困難です。

 従って、報道のように"母乳中のダイオキシンがこれこれの濃度であり、これがある基準の何倍にもあたる"のような表現は、上述のように母乳中のダイオキシンの分析値が一つの平均値では表しにくく、表したとしても非常に大きな幅(範囲)をもっているため、母乳中のダイオキシンが基準を下まわっているとも、上まわっているとも解釈できるわけです。

 例えば、1998年4月8日の毎日新聞では「ダイオキシン 母乳すべてから検出、平均値 許容量の6倍」、同日の読売新聞「母乳からダイオキシン摂取成人許容量の6倍超」、同日の神戸新聞「ダイオキシン母乳中の濃度 安全指針の6倍」、同日の朝日新聞「母乳中のダイオキシン濃度、70年代の半分」、そして1999年8月3日の読売新聞「ダイオキシン母乳中基準の25倍」とタイトルが付けられ報道されました。

 本当に「・・・倍・・・」であり、このことが「100%正しい」のかと言えばこれまでの説明でお分かり頂いたように、皆さんは「そうでもなさそう」、つまり「そうとは限らず、別の考え方もできるんじゃないの」と言って頂ければ、私は大満足です。

 それでは、粉ミルクではどうでしょうか。これまでの報告によれば、牛乳中のダイオキシン濃度は、0.16 pg/gであり、一日当たり18 pgを摂取するとのことです。一般に、人工乳(乳児用調製粉乳)はこの牛乳を原料としているため人工乳にも含まれていますが、報告例が極めて少なく、人工乳と母乳のダイオキシンを直接比較することは現在の段階では難しいのです。