human and environment
1-7-3. ダイオキシン対策法とは何か
- 環境法・環境政策 - 大久保 規子
- A.ダイオキシン問題とは
- ダイオキシン類は,物の燃焼過程で非意図的に発生する有害な有機塩素化合物です。世界保健機構(WHO)において人に対する発ガン性が正式に認められているほか,急性毒性や催奇形性を有し,いわゆる環境ホルモンの一種として生殖障害を引き起こすとの指摘がなされています。
ところが,日本では,これまで国土の狭さや衛生上の理由から廃棄物の焼却処理が推進され,野焼きも横行してきました。その結果,最近では,特に廃棄物焼却施設の近隣土壌から高濃度のダイオキシン類が検出されるようになり(例えば,埼玉県所沢市,大阪府能勢町),大きな社会問題となったのです。
- B.ダイオキシン政策の経緯
- (1)自治体の対応
- ダイオキシン問題を抱える地域では,自治体に対し,独自の対策を求める住民の要求が高まり,1997年3月,埼玉県所沢市が「ダイオキシンを少なくし所沢にきれいな空気を取り戻すための条例」)を制定したのを皮切りに,千葉県四街道市,青森県黒石市等が,条例化に踏み切りました。しかし,これらは何れも理念条例としての性格が強いものでしたので,実効性のある法的規制が求められてきました。
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ダイオキシンを少なくし所沢にきれいな空気を取り戻すための条例(1997年)
もともと,狭山丘陵や武蔵野の雑木林など,緑豊かな恵まれた環境にあった所沢市では,近年,廃棄物の焼却施設が激増し,特に所沢市と周辺の3市1町が隣接する半径数百メートルの地区には,現在16基の産業廃棄物焼却施設が集中している。そのため,市には排煙に対する苦情が相次ぐとともに,専門家がその焼却灰や近隣土壌の調査を行ったところ,高濃度のダイオキシン類が検出された。本条例は,このような状況の中で,国の法規制に先行して制定された全国初のダイオキシン類対策条例である。
本条例の特徴は,
a.ダイオキシン類削減に関する各主体の責務を明確化した理念
条例であること
b.所沢市における初の議員提出条例であり,その制定過程で,
さまざまな市民,環境団体との連携が図られたこと
c.具体的なダイオキシン類対策を条例に基づくダイオキシン類
等規制計画に委ねるとともに,計画策定への市民参加を明記
していること
などである。
- (2)国の初期対応
- 国が,遅ればせながら関係政省令を改正し(何れも同年12月1日施行),ダイオキシン類に係る法的規制を始めたのは,1997年に入ってからのことでした。
a.大気汚染防止法施行令の改正
有害大気汚染物質のうち,その排出又は飛散を早急に抑制しなけ
ればならない物質(大気汚染防止法附則第9項)にダイオキシン
類を指定し,その排出又は飛散の抑制に関する基準を策定。
b.廃棄物処理法施行令及び同施行規則の改正
・廃棄物焼却施設の許可対象範囲の拡大(スソ切りの引下げ)
・炉の規模や新設・既設の区分に応じた焼却施設の構造・維持
管理基準の強化(例えば,800℃以上の燃焼ガス温度)
・施設の規模にかかわらず廃棄物を焼却する際に遵守しなけれ
ばならない処理基準の明確化(野焼き対策)
・最終処分場(安定型)のスソ切り撤廃(ミニ処分場に対する
規制強化)等
なお,これらの構造・維持管理基準違反,処理基準違反は改善命令等の対象になるとともに,命令違反には罰則が科されます。
- (3)国の対策への批判
- しかし,ダイオキシン類に関する初期の対策に対しては,以下の
点について,強い批判がなされました。
a.環境基準が定められなかったこと。
b.大気汚染防止法のばい煙(2条1項3号)としての指定がなされ
なかったため,排出・飛散の抑制に関し,指定物質抑制基準(大
気汚染防止法附則第9項)に基づく勧告(大気汚染防止法附則第
10項)ができるにとどまっていたこと。
c.廃棄物処理法の規制基準の根拠となっていた数値が耐容一日摂取
量10ピコグラムと緩いこと。
d.既設炉に対する適用基準が新設炉の場合に比べ著しく緩いこと。
- (4)ダイオキシン対策法の成立
- そこで,ダイオキシン類対策を求める社会的要求に応えるため,議員立法の準備が進められ,1999年7月12日,第145国会において,「ダイオキシン類対策特別措置法」が全会一致で成立しました(7月16日公布,施行日は公布日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日)。
- (5)自治体の最新動向
- 新たなダイオキシン対策条例が,制定されはじめています。
例1)所沢市「所沢市ダイオキシン類等の汚染防止に関する条例」
1999年,理念条例とは別個に,規制条例を制定。
例2)東京都渋谷区「渋谷区ダイオキシン類の排出規制に関する
条例」
特徴:小型焼却炉及び簡易焼却炉による廃棄物の焼却を禁止
し(4条,5条),違反者に関しては,その事実を公表する
ことができる旨の規定を設けた(18条)。
- C.ダイオキシン対策法の概要
- (1)規制対象
- (従来の規制対象)ポリ塩化ジベンゾパラジオキシンとポリ塩化ジ
ベンゾフランのみ
(国際的動向)ポリ塩化ビフェニル(PCB)のうち,有害性
がダイオキシン類に類似しているコプラナ−P
CBについても,ダイオキシン類同様の規制を
行うことが一般化。
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新法の規制対象 コプラナ−PCBも,ダイオキシン類に含めた
- (2)耐容一日摂取量
- 耐容一日摂取量とは,人が生涯にわたり継続的に摂取しても健康に影響を及ぼすおそれのない一日当たりの摂取量です。
(従来)a.環境庁(5ピコグラム)と厚生省(10ピコグラム)と
で異なる数値
b.aの数値は,何れも,国際的水準(WHOの専門家会議
が提示した1から4ピコグラム)より緩い数値。
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(新法)数値の統一化と国際的水準へとの整合性を図るため,耐容
一日摂取量は,次のようになりました。
a.4ピコグラム以下で制令の定める値とすること(6条1
項)
b.安全性評価に関する国際的動向に十分配慮しつつ科学的
知見に基づいて必要な改正を行うこと(6条2項)
- (3)環境基準
- (従来の環境基準)環境基本法16条1項に基づいて設定
(ダイオキシン類の特殊性)ダイオキシン類に係る大気,水質およ
び土壌の環境基準は(科学的知見の不
足を理由として)新法に基づき設定さ
れる。
- (4)排出規制
- ダイオキシン類規制の基本的枠組みは,大気汚染防止法および水質汚濁防止法と同様です。
a.政令で定める特定施設(2条2項)の排水および排ガスについ
て,技術水準を勘案して総理府令により排出基準を設定(8条1
項)。ただし,地域の状況に応じ,都道府県知事が上乗せ基準の
設定が可能(8条3項)。
b.基準に合致しない排出を禁止(20条1項・21条1項)
違反行為には罰則を科す(45条1項・2項)。
改善命令および届け出・設置計画の変更命令を発することが可能
(12ないし19条・22条)。
c.総量規制の導入
大気の環境基準を満たさない,政令で定める地域について,都道
府県知事が総量削減計画を策定→総量規制基準を設定(10条1
項)。
- (5)廃棄物焼却炉に係るばいじん,燃え殻の処理
- a.ばいじん,燃え殻の汚染の程度について,厚生省令による基準の
遵守(24条1項)
b.廃棄物の最終処分場について,総理府令,厚生省令による基準に
基づいた維持管理(25条1項)
- (6)汚染状況調査
- a.都道府県知事に汚染状況の常時監視を義務づけ(26条)
b.具体的な調査測定を都道府県レベルで予定(27条)
特定施設の設置者に対しても,汚染状況の測定を義務づけ
- (7)汚染土壌対策
- 都道府県知事が土壌汚染に係る環境基準を満たさない一定の地域をダイオキシン類土壌汚染対策地域として指定→汚染土壌の除去,被害発生防止策等を内容とする土壌汚染対策計画を遅滞なく策定(31条)
- (8)国による排出削減計画の策定
- 内閣総理大臣は,事業活動に伴うダイオキシン類排出量を削減するため,公害対策会議の議を経て,排出削減計画を策定するものとされています(33条)。
(内容)
a.推計排出量の削減に関する数値目標の設定
b.事業者が講ずべき措置についてのガイドライン的事項
c.廃棄物の減量化が可能な社会システム構築のために必要な事
項を内容とする計画
- (9)今後の検討事項(附則参照)
- a.臭素系ダイオキシンに関する調査研究の推進
b.規制の在り方に関しては科学的知見に基づく見直しを行うこと
c.健康被害および食品への蓄積状況を勘案した対策について検討を
行うこと
d.小型焼却炉および野焼き規制の在り方に関しても検討を行うこと
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