human and environment
2-1.フロリダ州・アポプカ湖のワニが消えた?
- 環境ホルモン -  今井 佐金吾


フロリダ大学 ルイス・ジレット教授
photo by Haward Suzuki
「メス化する自然」デボラ・キャドバリー著
古草秀子訳  集英社 1998

 アポプカ湖はフロリダ有数の美しい湖である。1980年代後半に入りフロリダ州狩猟動物および淡水魚委員会の委託を受け、湖を監視していた地元住民がアメリカ・アリゲ−タ−の卵の不孵化と生息数の激減に気がついた。そこで、1991年6月、連邦政府・魚類野生生物局との共同研究プロジェクトとして、フロリダ大学のルイス・ジレット教授とティモシ−・グロス博士のチ−ムが原因究明の為の調査を開始した。まず、巣穴の卵を調べたところ、その75%が透明で血流が認められなかった。つまり、胎仔が存在しない無精卵か、すでに死んでいるかであった。この事実からジレット教授はワニのホルモンバランスが何らかの原因で阻害されているのではないかと考えた。そこで、アポプカ湖で採取した卵の内、生きているものを実験室で孵化させることにした。同時にリファレンスとして、他の湖で採取した正常な卵も孵化させた。その結果、アポプカ湖の卵から孵化した幼いワニの死亡率が異常に高いこと、さらに採取した血液からアポプカ湖のメスの幼体では、リファレンスの正常なメスに較べ二倍のエストロジェン(女性ホルモン)が検出され、そしてオスのワニでもエストロジェン値が高く、それに反してテストステロン(男性ホルモン)値は正常なものに較べて三分の一程度まで減少していることが判明した。


萎縮したワニのペニス
photo by Jhon Matter
「メス化する自然」デボラ・キャドバリー著
古草秀子訳  集英社 1998



正常なワニのペニス
photo by Jhon Matter
「メス化する自然」デボラ・キャドバリー著
古草秀子訳  集英社 1998


 また、雄ワニは孵化後6ヶ月ぐらいから通常はペニスと精巣が発達し始め、テストステロンなどを産生し始めるはずである。しかし血液検査の結果、アポプカ湖の雄ワニはテストステロンより、むしろエストロジェンを多く産生していることが判った。つまり脱雄性化が確認されたのである。ペニスはあるものの極端に萎縮しており、精巣にも異常が認められ、雄と雌の中間の間性であったのである。

 ジレット教授とグロス博士は「だからといって雄が雌に変わったわけではなく、正常な雌には決してなれない。不妊のうえ生殖不能の異常な雄の誕生だ」と述べている。

 また、同調査チ−ムはアポプカ湖に生息するカメについても、その25%は間性であり卵巣と精巣を併せ持ち、さらに発達異常が認められ正常な卵子も精子もつくれず、結果として生殖能力の低下を招いているとしている。

 ジレット教授らは自身のこれらの研究結果に基づき「これらの野生生物は胎生期に、すでにエストロジェンに曝露され、誕生までに性を変化させている」との結論に達し、有機塩素系化学物質のエストロジェン様作用をますます強く疑うようになった。


photo by Haward Suzuki
「メス化する自然」デボラ・キャドバリー著
古草秀子訳  集英社 1998


 アポプカ湖周辺の農家でも有機塩素系農薬が多量使われていた。しかし、この湖ではこの他に重大な汚染の事実があったのである。

 1980年代始めに湖岸の農薬工場からDDTやジコフォルなどの有機塩素系農薬が多量に湖に流出するという重大事故が発生した。この際の汚染物質には当然DDTの代謝物質(メタボライト)であるDDE(ジクロロ・ジフェニル・ジクロロエチレン)およびDDD(ジクロロ・ジフェニル・ジクロロエタン)が含まれる。なお、DDEはエストロジェンそのものの作用を持つことが知られている。

 この事故の後、湖と、その周辺が米国連邦政府環境保護庁(EPA)のス−パ−ファンド法の対象として指定され、大がかりな浄化対策がとられたのである。その結果、1990年代始めには湖水への汚染物質の残留は極微量(pptオ−ダ−)となり、問題のない程度まで回復したとされていた。

 それにも拘わらず、野生生物の異変が観察されていることは、これら有機塩素系化学物質の脂肪親和性がゆえに、ここに棲む水生生物そして野生生物へと食物連鎖をのぼるほど高濃度にに蓄積されているのではないかと考えられている。