human and environment
2-4.ほ乳類野生動物の異変
- 環境ホルモン -  今井 佐金吾

 異変が観察されている野生生物の内、環境中ホルモン様物質との関連が考え易いのは海棲野生ほ乳動物であろう。これらは汚染された海、湖沼そして河川で汚染物質を濃縮している魚介類を主な餌とし、この系の食物連鎖の頂点にあるからである。


アザラシ

 1986年、Reijnders がライン川がそそぐ、オランダのワッデン海・西部に棲息するゼニガタアザラシが、それまでの25年間に急激に減少していることを報告した。

 ワッデン海・西部はライン川上流から運ばれ、野生生物の生殖や免疫系に、直接関わる内分泌系に影響を与えると考えられている化学物質、つまり、PCB類、DDT、DDEそして有害重金属の水銀などに高度に汚染されていたのである。

 Reijnders はワッデン海・西部のゼニガタアザラシと同海・北部のそれの肝臓を分析し、その結果、PCB類のみが西部地域のものに有意の差で高濃度に検出した。つまり、PCB類が生殖系や免疫系の障害の原因物質とし、これが西部地域の個体群の極端な減少につながったとしている。

 Brouwer らはPCB類は甲状腺ホルモンを減少させ、ビタミンAの恒久的欠乏を招き、その結果、成長不全、生殖障害そして病原性微生物への感染を引き起こすのではないかと推測している。

 一方、これ以後つぎつぎに海棲野生ほ乳類の個体数の減少が報告されている。

 1995年には Guise らはカナダ・ケベック州のセントロ−レンス川の入江に棲息するシロイルカが1900年代初頭からすると、十分の一にも減少していることを報告している。この河口域は同様に高濃度の化学物質汚染が広がっており、シロイルカの卵巣の異常や妊娠個体の減少、そして病原性微生物に多くが感染していることなどが観察されており、その原因としてDDT及びその代謝物質、PCB類、そしてダイオキシン類などの環境中ホルモン様物質が疑われている。


イルカ

 この他に、ニュ−ジャ−ジ−からフロリダにかけての沿岸に棲息するバンド−イルカ、そしてメキシコ湾のイルカ、さらに地中海のスジイルカも個体数が激減していることを Lahvis らが1995年に報告している。この原因として、彼らは二つの仮説をたてている。

 一つは、動物は赤潮等により藻類が大量に発生した際に、それらの出す神経毒に曝露されると免疫系に異常を来し、水中にいるバクテリア類、ウイルス類、そして菌類による日和見感染を起こしやすくなる。これがイルカの大量死と関係があるのではないかとするもの。

 もう一つは、この免疫系の攪乱は環境中ホルモン様物質が疑われるPCB類、DDT,DDE、そしてダイオキシン類により引き起こされているとするものである。現在のところ、その原因は明確ではない。

 PCB類、DDT、DDEなどの有機塩素系化学物質の環境汚染は、上記の事実だけをみても地球規模に広がっていることが容易に想像できる。これを裏付けるものとして、カナダ環境省のノ−ストロ−ムは1981年、つまりDDTなどの有機塩素系化学物質が使用禁止となって約10年余りを経ているにも拘わらず、北極圏に棲息するシロクマの体脂肪からDDTを検出している。また、この地域に生活するイヌイットの人達の体内からもシロクマと同程度のDDTを検出しているのである。


シロクマ

 この他にも、北極圏のアザラシ、南極圏の氷やペンギン、さらにスコットランドのアザラシやイルカへと汚染が広がっていることも明らかにしている。

 陸上に棲む野生動物にも異変が現れているとする幾つかの例が報告されている。


アライグマ


ライオン

 1995年に Facemier らはフロリダに棲息するピュ−マのオスの90%に、片側あるいは両側の精巣が停留精巣になっていることを報告している。正常なオスの場合、受精後、性分化が起こる段階でミュラ−管抑制ホルモンが合成され、ミュラ−管の成長を抑制するとともにアンドロジェン(男性ホルモン)が合成され、ウォルフ管の成長が促進され、精巣が造られることになる。そして、これは出生まで腹の中に留まるが、出生時にはしだいに蔭嚢にまでおりてくる。ところが、成長してもそのまま腹の中に留まってしまう場合が ある。これが停留精巣という現象であり、このままでは精子を造る能力が低下することは明らかで、個体数の減少につながっていく可能性がある。

 この停留精巣を引き起こす原因の可能性の一つとして Facemire らは環境ホルモン様化学物質による内分泌攪乱を疑っている。ピュ−マはアライグマを餌としてたくさん食べることはよく知られている。ところがアライグマは魚や甲殻類などを餌としており、PCB類、DDT、DDEなどの有機塩素系化学物質のみならず、水銀などの有害重金属までも体脂肪に高濃度に濃縮している。死亡したピュ−マの体脂肪からもこれらの物質が検出されているのである。つまり、これらの環境ホルモン様化学物質がミュラ−管抑制ホルモンの合成や、アンドロジェンの合成を指令する情報伝達ホルモンを攪乱しているのではないかと考えられている。


クマ

 もう一つの例として、カナダのアルバ−タで、アメリカクロクマとヒグマのメスに不完全ながらオスの生殖器を併せ持つものがあることを1988年に Cattet が報告している。この原因については現在までのところ明らかにはされていないが、発生の段階で胎仔がアンドロジェン様の働きをする環境中ホルモン様物質に曝露されたのではないかと考えられている。


湖周辺に於ける食物連鎖

陸上野生動物のピューマは多くのアライグマを捕食することから、この食物連鎖の上位にあり、環境中の化学物質を高倍率に濃縮する可能性が高い。