human and environment
2-5.無脊椎動物のインポセックスの発現
- 環境ホルモン -  今井 佐金吾

 1986年、Gibbs らがイギリスの海岸で海産巻貝のメスにオスの生殖器(ペニス及び輸精管)を併せ持つものを発見した。つまり、メスに対してオスの性徴が発現するインポセックスを誘導しているのである。メスの生殖開口付近に大きなペニスや輸精管が発生しており、これらにより生殖口が閉鎖され、結果として卵形成が抑制され、逆に精子の形成が始まり、不妊となっていることが明らかになった。

 彼らはイギリスの多くの海岸に棲む海産巻貝のヨ−ロッパチジミボラの個体数の激減を報告している。この他、 Bright や Ellis らは北西太平洋沿岸やマレ−シア、インドネシア、及びシンガポ−ルの沿岸など、広い範囲で海産巻貝にインポセックスの発現を確認している。

 Gibbs らは、このインポセックスを引き起こす原因物質として、極めて生体毒性の強いことが知られる有機スズ類の内、船底防汚塗料として世界中で使われてきたトリブチルスズ(TBT)であることをつきとめた。

 彼らは海水を満たした実験水槽の中に生体毒性が現れない程度の低濃度の有機スズ類を添加、または直接注射してメスの巻貝を飼育した。

 モノブチルスズ(MBT)、ジブチルスズ(DBT)そしてトリフェニルスズ(TPT)はインポセックスを殆ど誘導しなかった。しかしTBTでは、その暴露量とインポセックスの程度との間に明確な用量依存関係が見いだされた。つまり、0.5pptでは若干の影響が見られるものの生殖への影響は無かったが、1〜2pptになるとインポセックスがハッキリと発現し、生殖異常が認められるに至った。さらに、10pptを超えるともはや全ての個体が不妊とななった。

 以上のような Gibbs らの研究成果を踏まえて、日本でも国立環境研究所の堀口博士らが東京大学と共同で、1990年から1992年の夏期に、全国32地点の海岸で巻貝のイボニシ及びレイシガイを採取し、インポセックスの発現状況を調査した。

 その結果、ほぼ全地点でインポセックスを発現している巻貝が出現していることを確認した。その症状の重さは、油壺周辺から瀬戸内海、そして九州に至る太平洋沿岸の地点で高く、産卵不能の個体も見つかっている。しかし、他の地点では産卵不能の個体はみつからなかった。




海水・流水式実験水槽
神戸市立須磨海浜水族園


 一方で、堀口らはイボニシの正常な成熟したメスを使って、流水式水槽中でTBT,TPTなどの有機スズ化合物の曝露実験を行った。その結果、イボニシの体内に蓄積されたTBTの濃度が20ng/g・wetを超えるとインポセックスを誘導することを確認した。TPTについては、1988年の Bryanらの報告では生体毒性はTBTと同様に極めて強いがインポセックスは誘導しないとしているが、この堀口らの研究ではTBTと同様に強く誘導することを明らかにしている。


海産巻貝・イボニシ


海産巻貝・レイシガイ
採取地:神戸市・須磨浦海岸
協 力:神戸市立須磨海浜水族園
神戸市立栽培漁業センタ−



野生生物に観察された異変と環境ホルモン作用が疑われる原因物質