human and environment
3-1.合成女性ホルモンDESの薬害
- 環境ホルモン - 今井 佐金吾
DESはジエチル・スチルベストロ−ルという、人間が始めて合成した強力な人工女性ホルモンである。これはリチャ−ド・ドッズが卵胞や胎盤でつくられる天然ホルモンであるステロイド系エストロジェンについて、そのメカニズムを世界で初めて研究していたが、この過程で1938年に合成に成功したものである。当初、ドッズはこのDESが天然エストロジェンと同じ影響を人体に与えることになるとは気がついていなかった。1940年代後半ごろから、このDESが欧米諸国で多くの妊婦に流産防止のために投与され始めた。これは1970年代初めにその薬害が社会問題化するまでに500万人とも600万人ともいわれる妊婦に投与され続けた。つまり、DESが投与されはじめてから30年余りが経ったこの頃になって、ハ−バ−ド大学のハワ−ド・ウルフェルダ−やマサチュ−セッツ総合病院のア−サ−・ハ−ブストらの産婦人科医たちが不思議な症例が多発していることに気がついた。思春期を過ぎた頃の若い女性に膣ガンが多発していたのである。膣ガンは、それまで若い女性には滅多に発生することのない珍しいガンであった。そして、彼らの調査の結果、ガンにかかった若い女性たちの母親の全員が、妊娠中にDESを服用していた事実が判明した。合成ホルモン剤を服用してから20年以上もたってから、自分のこどもに障害が現れるという驚くべき薬害であった。これは思春期になってホルモンのバランスが変わるためだといわれている。しかし、これほどの時間がたってから体内に取り込まれた化学物質が影響すること、さらに、これらが胎盤を通過して次の世代に影響を及ぼすことなど、当時の多くの研究者も予見できなかった。 しかし、一人の優れた日本人科学者がこの問題の研究を行っており、既に警告を発していた。すなわち、1960年代、当時カリフォルニア大学ガン遺伝子研究所に留学していた「高杉 のぼる」がその人であった。彼はマウスやラットを使った動物実験に基づき、DESに始まる合成ホルモン剤の生体への悪影響を予見し、論文を発表していたのである。 日本は彼のこの研究成果を受けて、DESを使わなかったので、この薬害を免れることとなった。 一方で、ちょうどこの頃、アメリカの国立環境健康科学研究所のジョン・マクラクランは胎児の発生段階、つまり胎生期におけるDESの影響について研究を始めていた。彼は人間と同じ脊椎動物である妊娠中のマウスにDESを与え、生まれた子供のマウスの生殖器官の発達を調べた。その結果、メスの子供のマウスに膣ガンが発生していることを確認した。この事実は社会に衝撃を与たとともにマクラクランは一躍、時の人となったのである。彼はこの研究の経験から、DESと同じように女性ホルモン様化学物質であり、環境残留性有機汚染物質(POPs)でもあるDDTなどの有機塩素系農薬類やPCB、ダイオキシンなどが乳癌、子宮癌、そして不妊の原因となる子宮内膜症などの発症を促進しているのではないかと考え始めていた。 さらに、彼の研究グル−プは妊娠中にDESを投与したた母親から生まれたオスのマウスについて調べたところ、その約6割の個体にオスとメスの両方の生殖器を持つ半陰陽、つまり不妊のマウスが発生していることを明らかにした。この事実はオスのマウスが胎生期にDESに曝露されることにより、いわゆる内分泌系に攪乱が起こりメス化(間性化)したと考えられる。つまり、胎生期に受けた影響が生まれてから死ぬまでの一生を決定づけることになる。DESの影響は女性(メス)へだけでなく、男性(オス)にも及んでいる可能性を示唆したものである。 ジョン・マクラクランはこの結果を1975年に世界的に権威のある科学雑誌「サイエンス」に発表した。これが世界中の医者が男性への影響を研究し始めるきっかけとなったのである。 人間やマウスなどの脊椎動物において、性は受精した瞬間に決定する。つまり、Y染色体を持った精子が卵子に入ると染色体XYをもつ男(オス)に、そしてX染色体を持った精子が受精すると染色体XXをもつ女(メス)になると遺伝的に決定づけられているのである。しかし受精後、人間では6週目ごろ、そしてマウスなどでは約10日目ごろまでは、後に女性生殖器官となるミュラ−管と男性生殖器管となるはずのウォルフ管の各一対を併せ持つ両性なのである。しかし、この頃からそれぞれの遺伝子の命令に従って性の分化がいよいよ始まるのである。 男性になるべき胎児は、受精したY染色体がもともと精巣をつくれという命令をだす遺伝子を持っていることから、まづ精巣がつくられる。精巣ができると、直ちにここでアンドロジェン(男性ホルモン)がつくられ、これがヴォルフ管を刺激して精子をためる副精巣や精液をつくる前立腺などの内性器と精子をつくる。そしてペニスや陰嚢といった外性器の形成をも促す。また同時に精巣からミュラ−管抑制因子が分泌され、女性の生殖器官になるべきミュラ−管を消してしまうのである。さらにアンドロジェンは脳に作用して脳を男性化させるとともに、成長につれ男性の体型を整えるのである。 女性になる胎児では、受精したX染色体が精巣をつくらせる命令をだす遺伝子をもっていない。当然ながら精巣がないことからミュラ−管抑制ホルモンが分泌されない。この二つの条件が揃うと男性生殖器になるはずのヴォルフ管が自動的に退化し始め、同時にミュラ−管が発達し始め 子宮や膣ができてくる。そして、成長に伴って卵 巣、輸卵管などができ、女性の生殖器官をととのえることになる。次いで、第二次性徴期に入 り卵巣からエストロジェン(女性ホルモン) が分泌されるようになり女性の体型を整え、 さらに自分の脳にも作用し意識も完全な女性となるのである。 |