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 ようやく教授から計画書にOKをもらったナベちゃんは、5月15日、いよいよ岩槻市の 嶋蔵精機を訪ねることになりました。朝9時にリニアモーターカー中央新幹線やまとで新大阪駅を出発したナベちゃんは、東京駅で東北新幹線やまびこに乗り換え、l0時33分に大埼玉(旧大宮)駅に到着。ここから東武野田線に乗り換え約20分の岩槻駅で下車。さらにタクシーで田んぼの中をl0分ほど行くと、日本ポカコーラや生倉電線の工場と並んで、渋い鉄色に輝く嶋蔵精機の本社工場が見えてきました。
 本社前でタクシーを降りたナベちゃんは、18歳の誕生日に父親からプレゼントされた結城紬のネクタイを締め直し、大学近くのパスコショッピングセンターにある有印良品の店で買ったダレスバッグの中身をもう一度見直すと、注連縄を張り巡らせた工場の正門をくぐり、受付で嶋蔵社長に面会を申し込みました。巫女装束をまとった受付嬢は、ナベちゃんを畳敷きの応接間に案内すると、良い香りのする狭山茶を入れて、ついでに御幣でお祓いをしてくれました。
 そうこうするうちに社長室に通じる襖が開き、嶋蔵忠兵衛社長(50歳)がニコニコしながら現れました。嶋蔵社長はナベちゃんの父親の幼なじみで、ナベちゃんも「シマチューのおじさん」と呼んでなついていましたが、神主の装束に身を包んだ会社での姿は、見間違えるばかりの貫禄があります。
 慣れない正座で足がしびれ始めていたナベちゃんは、挨拶もそこそこに、さっそく事情を説明して、 [氷川流パソコン・プロテクター]を関西地区で販売をさせてほしいと申し出ました。ところが、ナベちゃんの父親の会社との取引と思っていた嶋蔵社長は、ナベちゃん個人が売るのなら現金で3000万円は必要だという…。もちろんナベちゃんにそんな大金はありません。予想外の展開にショボンとしているナベちゃんを見て気の毒に思った嶋蔵社長は、個人じゃなく法人なら信用取引をしてもいいと助け船を出してくれました。まずは会社の設立登記をして、銀行で手形取引のための当座預金口座を開かなくちゃ。