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5-2-8 記録を読み解く/フィールドワークをつくる
都市空間におけるコミュニティ・センター/ローカル・コミュニティの欠如?

グローブ・ネイバーフッド・カウンシルの目的と対象地域
 「グローブ・ネイバーフッド・カウンシル規程」(The Grove Neighbourhood Council Constitution、1995年改訂)には、その目的について次のように記されている(第2条Objects)。「(a)公共機関、慈善団体、組織、企業からの支援を受け、社会福祉、健康、娯楽、余暇の過ごし方などにおいて、年齢、性、人種、政治、宗教、信条による区別なく当該地域の住民の福利を増進し、こうした目的や他の公益目的をすすめるためにコミュニティ精神(community spirit)を培う。(b)センターを設立、運営し、そのために公共機関や慈善団体と協力してゆく。(c)ローカル・コミュニティに関するあらゆる問題について地域の人々を代弁し、(d)地域の諸事に関する詳細な情報を提供する。」
 ここでいう当該地域とは、規程第3条(Geographical Location)に、「当ネイバーフッド・カウンシルが扱う地域とは次のとおりである。すなわち、北はGoldhawk Roadで、西はPaddenswick Roadとそれに続くRavenscourt Road(道路の両サイドを含む)まで、南はKing Streetまで、東はHammersmith Grove(道路の両サイドを含む)にRichford Streetを含む」と定められている(地図の1)。
 グローブ・ネイバーフッド・センターやそれを運営するカウンシルは、規程に記されているとおり、ローカル・コミュニティの住民の福利の推進をめざし地域に根ざした活動を展開している。ところがセンターの活動を支えているまとまりをもった何らかのコミュニティや、センターの規程のなかで言及しているコミュニティ精神といったものは、私が知る範囲では見いだせない。次に述べるように、センターが規定している地理的範囲の意味も大きく変化している。

「地図に見るグローブ『区』の変遷」1

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行政区画の変遷/グローブ区の消失
 グローブ・ネイバーフッド・センターは、グローブ区という行政区画の名称を冠している。区とはバラ議会の議員を選出する際の行政区画であり、人口構成や政策の変化におうじて何年かごとに区画が見直される。住民の日々の暮らしや社会関係と直接に関わる単位や境界ではない。
 グローブ・ネイバーフッド・センターが定める対象地域は、1973年時点でのグローブ区の範囲であり(地図の1)、これは2003年現在の行政区画とは大きく異なる。当時のグローブ区は東に少し開いた台形であり、1971年センサスでは、人口9,806人、3,883世帯2であった。その後、行政区画は西に150メートル、北に200メートルほど内側に入った通りに変更されたが(地図の2)3、グローブ・ネイバーフッド・カウンシルが定める対象地域の境界は1973年時点での区画がそのまま維持された。さらに、2002年5月にハマースミス&フラム自治区内の区数は23から16に大きく改変された。グローブ区は、レイヴンズコート・パーク区(2001年現在人口10,791人)とハマースミス・ブロードウェイ区(11,560人)に二分された(地図の3)。つまり、グローブという名称はなくなり、グローブが示したかつての行政区画も今や存在しない。
 しかし、行政区の改変やグローブ区の事実上の消滅は、グローブ・ネイバーフッド・カウンシルの活動そのものにとくに影響を及ぼしている様子はない。カウンシル規程が定める地理的範囲が問題となるのは、2年ごとに実施されるカウンシルの委員を選出する投票においてである、立候補者は対象地域内の住民に限定されている。しかし、ここ15年ほど立候補者が20名をこすことはなく投票は実施されず自動的に当選している。またセンターの運営委員が定員に満たない場合は、規定地域外部の住民を委員として承認することができる。実際に、現在の運営委員会のメンバーは、旧グローブ区外の住民を含んでいる。センターの利用者についても、旧グローブ区内に限らずハマースミス&フラム自治区内の住民が広くセンターを利用している4

人口移動率と住宅地の高級化(ジェントリフィケーション)
 旧グローブを含むハマースミス&フラムは人口の移動率が高く、地域を構成する住民が頻繁に入れ替わるため、人々が地域にたいするアイデンティティや記憶を共有することが難しい。2001年センサス5では、ハマースミス&フラム自治区の人口は165,242人、世帯数75,438であり、人口の20.1%が国勢調査を実施するまでの1年以内に当該地区に転入している。ハマースミス&フラム自治体が2001年に発行している行政パンフレット6によると、世帯数の半数が過去6年以内に現住所に移り住んだ。人口が急増しているわけではないから、転入と同じ割合の人口、世帯が転出していることになる。
 行政区画の改変と旧グローブの特徴について、旧グローブ区内に在住するハマースミス&フラム自治体の議会議員Cに2003年8月に話を聞いた。次のような内容である。

 「現在の区(Ward)とは、行政が人口構成などを考慮して定める選挙区であり、人工的な行政区画である。住民の生活に影響を及ぼすのはゴミの収集日くらいで、多くの場合、区は、住民の生活やコミュニティ意識とは関係していない。それでも2002年までのグローブ区の境界は、大きな道路に囲まれているので区画としてまとまりやすく、高齢者のなかにはグローブ区の範囲について多少のアイデンティティを持っている人もいるのかもしれない。
 旧グローブは、19世紀末頃から長いあいだ労働者の住む地域とされていた。しかし、ロンドン都市部の拡大にともない1970年代以降、ミドルクラスの人々がハマースミスに移り住むようになった。グローブにおいても都市の中心部に勤務する未婚の、あるいは子どものいない若い夫婦がより多く転入してきた。この頃から住宅地のジェントリフィケーション(Gentrification)がすすんだ。ところが若いミドルクラスの住民は、子どもが生まれるとより広い住宅と子育てに適した環境をもとめて郊外へ引っ越してゆく。不動産の価格は急騰しているので住宅を購入した値より高く売却することができる。グローブはもともと持ち家より賃貸のフラットが多い地域であり、住宅を借りて住んでいた裕福ではない住民は、ここで家を買うことができる可能性はなく他地域へ移ってゆく。住民の移動が激しく、区画が変わったために旧グローブを単位とした正確な統計がえられないが、有権者の4人に1人が毎年入れ替わる。近所の人もすぐ引っ越してしまう。自分が住んでいる通りでさえ、何人かの住民についてしかよく知らない。
 グローブの住民の多くは白人であるが、そのなかでもアイルランドから来た人や、ポーランドなどの東ヨーロッパからの移民も多く、さまざまなエスニック・マイノリティの住民がいる。しかし、特定のグループがまとまって居住しているのではなく多様な人々が集まっているところがこの辺の特徴だ。」

 1991年センサス7ではグローブ区の人口5870人のうち、白人(White)が85%、黒人9%(Black:Caribbean5%、African2%、Other2%)、インド、パキスタン、バングラデシュ系2%、中国、他のアジア系2%、その他2%となっている。年齢層では、75歳以上の高齢者層の比率は6%と少ない。25歳から44歳までの比較的若い成人層が44%を占め、この年齢層にCが言及している都心部に勤務する若いミドルクラスの住民が含まれる。世帯については、1人暮らしが世帯数全体2967のうち46%2人世帯は31%である。世帯数の77%までを1人か2人の小規模世帯が占めることになる。グローブに転入して一年未満の住民が18%となっている。
 このような住民の移動率の高さは、グローブ・ネイバーフッド・カウンシルの委員や利用者についてもあてはまる。現在のセンターの関係者や地域住民の多くは、センターが設立された以降に地域に転入した人々であり、かつてのカウンシルの構成員たちの多くはグローブ区から転出している。住民による住民のためのコミュニティ・センターとして、先人たちが苦労して資金、場所をえてセンターを建て、紆余曲折をへて地域での活動を続けてきたというのに、人々がグローブ・ネイバーフッド・センターのこれまでの活動の経緯について知識、関心がないのはどうしてであろうかと疑問であったが、人々のあいだで地域やセンターについての記憶が共有、蓄積されにくいのは当然のことかもしれない。

1 次の3つの地図をもとに作成。A Borough Profile of Hammersmith and Fulham 2002 (London Borough of Hammersmith and Fulham編、発行、2002)所収の地図1(p.70)、地図22(p.80)、“How to contact your Councillors”(同自治体作成、発行、2000)裏面の同自治区の行政区画・道路図
2 The Hammersmith Community Development Project, First Report 1972-1973 ,Appendix B
3 西端はDalling Road、南端はGlenthorne Roadに変更された。新グローブ区の人口は1981年センサスでは2908世帯(うち218は不在[absent])、6000人、1991年センサスでは2967世帯(うち350は不在)、5870人である。(London Borough of Hammersmith and Fulham Environment Department Research Group, 1991 Census, Census Report2, Ward profiles for Hammersmith and Fulham , 1993)
4 “Grove Neighbourhood Centre Monitoring & User Profile”(グローブ・ネイバーフッド・センター調査、作成、2003年3月22日付)によると2003年3月8日から22日はのべ1386人、その9割がハマースミス&フラム自治区の住民である。女性は956人、Older Peopleは900人となっている。ここでの高齢者とはGNCが利用者各自の年齢を調査したわけではなく、仕事からは退職した60歳代以上の利用者を推定で数えている。またエスニック別では、Asian56、Chinese4、Japanese24、Black Caribbean102、Black African64、Black Onter89、Mixed Race103、White Irish186,White English572、White Other186、となっている。これらのカテゴリー区分はタウン・ホールから指示にもとづくものである。
5 http://www.statistics.gov.uk/census2001/profiles/00an.asp、およびハマースミス&フラム自治区のタウン・ホール、Environment Departmentにて入手したHMSO(Her Majesty’s Stationary Office)の資料(2001Census Key Statistics)
6 London Borough of Hammersmith &Fulham, Borough Partnership, Your Borough Your Future , 2002, pp.4-5今後10年間の人口増加率の予測は2%となっている。
7 1991Census Census Report2 Ward profiles for Hammersmith and Fulham , 1993

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