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私達は現在、養殖ノリ(紅藻:
Porphyra spp.)に寄生する病原菌である「壺状菌」という生物の系統分類学的研究を行っている。
壺状菌は養殖ノリの細胞内に絶対寄生する単細胞のカビで、日本では養殖ノリの病原菌としてよく知られている。本菌がノリに寄生することにより、葉状体に対しては色落ちなどの品質低下、幼芽、二次芽に対しては成長阻害や枯死といった重大な被害を及ぼす。色落ちしたノリは商品としての価値がほとんど無い
壺状菌未感染葉体(A・B)と感染葉体(C・D)。ノリ細胞(B)は葉緑体にフィコビリン色素を有するため、肉眼(A)では赤く見える。これに対して、壺状菌感染葉体(D)は壺状菌によりノリ細胞が破壊されるため、肉眼(C)では色が薄緑色に見える。
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また、一般的なノリ病原体への対策として行われる凍結、乾燥、酸処理に対して耐性を示すため、現在これといった効果的な防除法が存在していない。その上、分類学的研究に至っては30年以上前に光学顕微鏡レベルでの観察により同定が行われたのみで、その系統学的位置はこれまで謎とされてきた。私達は壺状菌の系統学的位置を明らかにするために、詳細な光学顕微鏡観察と核リボソーム小サブユニットRNA(nSSU rRNA)遺伝子を用いた分子系統解析を行った。光学顕微鏡観察の結果、壺状菌はこれまでの報告通りクサリフクロカビ目、フクロカビモドキ科のOlpidiopsis sp.であると同定した。
形態:球形、楕円形
サイズ: 8-17 ×10-20 μm
遊走子嚢は一本の放出管を持つ
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また、分子系統解析の結果、壺状菌は卵菌類の中でも比較的初期に分岐し、起源的な生物であることが分かった。
壺状菌はクロミスタ界,卵菌綱の生物と単系統群を形成した。 |
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壺状菌は卵菌綱の中でも比較的初期に分岐した生物群である。 |
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特徴でも説明した通り、卵菌類は造卵器と造精器による有性生殖によって卵胞子を生じることが大きな特徴であるが、壺状菌のような海産卵菌類のほとんどは有性世代が不明で卵胞子形成を行わず、更に微細構造学的にも淡水産卵菌類とは多くの異なる特徴を持つことが報告されている。また、壺状菌が卵菌の中で初期に分岐していることを示す私達の系統解析の結果からも、単細胞卵菌類の中に卵菌類の初期的な生物が存在する可能性が示唆され、これらの生物を調べていくことが卵菌類の初期進化を調べる上で重要なのではないかと私達は考えている。今後は壺状菌の微細構造観察を行い他の卵菌類との比較検討を行うと共に、新たに野外から卵菌類を採集、分離培養を行い、光学顕微鏡観察による同定、TEMを用いた微細構造観察、比較、分子系統解析を行うことで卵菌類全体の系統関係、進化の道筋を明らかにしていきたいと考えている。