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環境計測のための機器分析法 茶山健二
1章 環境計測のための機器分析法
1-3  機器分析の生い立ちと発展
 自然科学の一分野として化学が生まれたのは19世紀からで、天文学、物理学、数学などに比べると歴史はきわめて新しいのですが、化学の基礎を築くうえで化学分析は重大な役割を果たしてきました。すなわち、19世紀後半までに物質の構成要素として約90種の元素が見出されましたが、その課程において化学分析は大きな貢献をし、物質の分離の方法はすばらしい発展を遂げ、無機化合物の定性分析法、定量分析法はその時代において、すでに完全に体系化されていました。また当時新しい有機化合物が数多く合成されましたが、新しく得られた有機化合物の確認の方法が強く要求されて、Liebigの元素分析法、Preglの微量元素分析法が創始され、これを基盤として有機化学が進歩しました。さらにそれにもとづいて元素分析法のみならず、官能基に特有な反応による系統的な体系をもつ有機分析化学が次第に確立されて行く過程で分析化学は、化学の他の方面に比べて当時最も発達した分野でした。
 20世紀に入ると、従来確立された分析化学の体系が新しい発展を要求されはじめます。すなわち、それまでの分析化学は、主として化学反応により各元素を分離する方式で、熟練した技術者と比較的長い分析時間を必要としましたが、化学の他の分野の進展は、迅速容易に微量まで分析値を出すことを要求しました。ここに、従来行われていた科学的な元素分離法によることなく、物質のもつ科学的情報を検出確認する方式の機器分析の登場となるわけですが、機器分析のさきがけは19世紀からすでにいくつか認められていました。例えば1860年Bunsen,KirchhoffによってCs、Rbが発見されたのは現在のフレーム分析法の最初のものです。また、赤外線幅射がHerschelによりはじめて発見されたのは1800年であり、19世紀末より20世紀はじめにかけての先覚者たちの研究により、すでに、ある一定の官能基を有する有機化合物はほぼ一定の波長において赤外吸収を示すことなど、分子構造に関する赤外吸収スペクトルの基礎は確立されていました。さらに20世紀になると次第に分析機器が姿を現しはじめ、1925年Heyrovsky、志方によりポーラログラフが発表され、1927年にはすでに商品として装置が市販され出しました。しかし、当時の技術ではまだ多くの問題点がありました。
 機器分析の花が一時に開いたのは、エレクトロニクスの進歩など、いわゆる分析機器の装置化の技術が極度に発達した第二次大戦終了前後からです。すなわち、1941年にはBeckman社よりはじめて分光光度計が発売され、また1945年にはBaird,Perkin-Elmer社より自記式の赤外分光光度計が発売され、またたく間にこれらの方法が世界に拡がりました。続いて直読式炎光光度計 (1945年)、直読式発行分光分析装置(1946年)、自記分光光度計(1951年)、ガスクロマトグラフ(1953年)、核磁気共鳴吸収装置(1953年)、常磁性共鳴吸収装置(1957年)、示差熱分析装置(1961年)・・・など、次々に新しい装置が出ては多方面で盛んに利用されました。
 わが国でも、1950年頃より各種の分析機器が輸入されるようになり、多くの分野での応用が行われました。また国産品も次第にすぐれたものが出現し、例えば1954年に出た日本分光型、1956年に出た島津型および日立型などの赤外分光光度計は当時すでに世界的水準に達しており、その後もこの方面では特殊なもの以外輸入品に依存する必要はなくなりました。他の機器についても、時間的ずれはありますが似たような状態で、国産の分析機器のほとんどの水準が世界的なものになったといって過言ではありません。
 現在、機器分析の応用分野はきわめて広く、化学工業、金属治金工業、薬品工業などでは、原料分析、中間生成物の分析、工程管理、製品の品質管理、検定分析、新製品の開発研究、また化学関連分野の研究、医学では臨床分析、生化学分析、さらに大気汚染、水質汚濁などの測定をはじめとする環境分析など実に多方面に及んでいます。各大学研究室、各研究室、各化学工場には、最小限数種類以上の分析機器が備えつけられ、化学を志す人達はもちろん、関連分野にたずさわる人達にとっても、この本に説明されている機器分析程度は少なくとも理解することが要求されており、今や分析化学において、機器分析の占める比重はいちじるしく大きいものとなりました。
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