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modern american economy
1-3. 景気日付:NBERはどのように景気日付を行うか
担当:甲南大学 稲田義久


 ここではNBERがどのように景気日付を行うか説明しましょう。先にも述べたように、NBERはGDP統計にあまり重きを置きません。GDP統計は四半期であり改訂の頻度が高いからです。したがって、もっぱら改訂の少ない月次統計に重点をおきます。

 NBERは4個の月次指標、(1)雇用、(2)個人所得-移転所得(実質ベース)、(3)製造業および卸売業の実質販売額、(4)鉱工業生産に注目します。まず、最初の2つの月次指標(1)雇用、(2)個人所得-移転所得(実質ベース)の動きを検討します。次に、(3)製造業および卸売業の実質販売額と(4)鉱工業生産の動向をあわせて検討します。後者の2つのデータが景気日付の決定において副次的な役割しか果たさない理由は、雇用や個人所得などのデータが広く経済全体の動きを反映するのに対して、実質販売額や鉱工業生産などは経済のより限られた分野の動向しか反映していないのです。実際、経済全体でウェイトの小さい製造業は他の経済部門と異なった動きを示す場合が多いのです。

 最近の景気循環を例にとって、景気の山谷の決定を見ていきましょう。2001年11月、NBERは2001年3月が景気の山であると決定しました。この結果、1991年3月を谷とした景気の拡張はちょうど10年で終わったことになりました。これはNBERが景気日付をはじめて以来、最長の景気拡張期間となりました。

 アメリカの実質GDPは2002年の第4四半期に前期比年率で+1.4%増加しました。第3四半期は+4.0%、第2四半期は+1.3%でした。実質GDPは2000年の第4四半期にピークに達します。2001年は3四半期連続でマイナス成長を記録し、2001年第4四半期で前のピークを超えます。このGDPの動向はNBERが他のデータを用いて決定した景気日付と一致しています。実は、これはGDPが年に1回の包括改訂のときに判明したことで、それまでの速報値の段階では景気のピークは2001年の第2四半期で、NBERの景気日付と一致していなかったのです。

 さてNBERが重視する4つの月次指標は2001年3月の近傍でどのような動きをしていたのでしょうか。簡単に見ていきましょう。
最初の図は今回の景気の山(This cycle)における雇用の変動を過去6回の景気の山の平均的な動き(6 previous cycles)と比較したものです。図の縦軸では景気の山における雇用の水準がちょうど1になるように調整されています。雇用は2001年3月にピークを迎え、2002年4月まで低下し続けます。以降は横ばいに近い動きをしていますが、現在の雇用の水準は1999年12月の水準より低くなっています。雇用水準でみて景気回復は弱いといえましょう。

図1-4 今回の景気の山における雇用の変動
図1-4 今回の景気の山における雇用の変動

2番目の図は個人所得マイナス移転所得を実質ベースで見たものです。実質所得は2001年3月より以前にピーク(2000年11月)をつけています。実際、2000年の後半から2001年後半にかけて減少し続け、その後は2003年1月にかけて上昇しました。実質所得は2003年2月現在では前回のピークより低くなっていることがわかります。雇用の低迷に影響されて個人所得も伸び悩んでいます。

図1-5 今回の景気の山における実質所得の変動
図1-5 今回の景気の山における実質所得の変動

3番目の図は実質の製造業と卸・小売業の販売額合計を表しています。この指標は景気の山近辺ではほぼ横ばいの動きを示し、ピークをつけるのは2002年7月です。その後10月にかけて減少しますが、以降再び上昇しています。この指標のピークは雇用のそれより後になっています。

図1-6 今回の景気の山における製造業と卸・小売業の実質販売額の変動
図1-6 今回の景気の山における製造業と卸・小売業の実質販売額の変動

 最後の図は鉱工業生産指数の動向を比較しています。生産指数のピークは2000年6月ですが、その後18ヶ月にわたって低下し続け2001年12月にはピークから6.8%の低下となっています。生産指数は2002年の1月から7月にかけて上昇しますが、10月まで再び低下し、その後2003年には上昇し始めます。鉱工業生産指数は2001年3月の景気の山より、9ヶ月も先行しています。鉱工業生産指数のピークは雇用のピークよりずいぶん早いことがわかります。

図1-7 今回の景気の山における鉱工業生産の変動
図1-7 今回の景気の山における鉱工業生産の変動

 以上のNBERの景気日付を見てわかるように、そもそも景気循環というものは同時に起こるものではないことが理解していただけたでしょう。景気日付というものは、主要な経済指標の中心的な転換点でしかないのです。実際、4つの個別指標のピークはバラバラで一致しておりません。NBERが重要と考えている雇用を中心に景気日付がなされているといっても過言ではないのです。このように景気日付については、一般的なルールはありませんが、4つの指標を注視することにより、比較的簡単に景気の山谷を決定できるといえましょう。君も簡単な訓練次第で有能なアメリカ経済ウォッチャーになれるかもしれません。


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