月次データを用いた景気診断の方法を説明する前に、まず好・不況の定義を考えましょう。不況(recession)とは経済活動全般(例えば、生産、雇用、実質所得や卸小売販売額)の顕著な下落を意味します。経済活動の停滞が一部の産業にとどまる場合は不況とはいいませんし、また少なくとも数ヶ月間(通常は6ヶ月以上)経済活動全般の顕著な下落が続かないと不況とはいえません。経済が活動の山(peak)をつけると不況が始まり、また谷(trough)や底を打つと不況は終わります。谷と山の間を拡張期(expansion)、山と谷の間を後退期ないしは収縮期(contraction)といいます。谷から谷をまた山から山の期間を全循環(cycle)といいます。ついでに不況と停滞(slump)の違いを区別しておきましょう。経済活動が正常以下のときや減退する場合はなにも不況期だけに起こるわけではありません。好況期の一時期にも起こります。この場合をわれわれは不況と区別して停滞と呼んでいます。
さてアメリカでは好不況の時期の決定(景気の日付)はNBERが行います。NBER (National Bureau of Economic Research:
http://www.nber.org/cycles.html) は、1920年に創設され、景気循環の研究や国民所得統計の開発をはじめ、多くの経済問題について主導的役割を果たしてきました。同研究所は民間の機関ですがきわめて権威のある研究所で、景気の山や谷の月を確定する作業を永らく行ってきました。そのため多くの人がアメリカの経済変動について同研究所の日付を用いています。
金融市場では、実質GDP成長率が2四半期以上続いてマイナス成長になった場合を便宜的に「景気後退」と呼ぶことがありますが、NBERはこの簡便法を採用していません。NBERが実質GDP成長率の2期連続以上のマイナス成長を景気後退と定義しないのは、GDP統計がしばしば改訂されて後に成長率のパターンが大きく変化する可能性が高いためです。そのため月次データを使い、特に改訂の少ないデータを用いて、経済活動の落ち込みの深さを不況の判定基準としているのです。
下の表はNBERが確定した戦後アメリカの景気日付です。戦後今日に至るまでアメリカでは10回の景気循環が確認されています。現在は第11次の循環のさなかにありますがまだ谷は確定されていません。戦後のアメリカの景気循環において、平均の拡張期間は59ヶ月で、収縮期間は10.4ヶ月です。景気の谷から谷の1循環の平均月数は63.3ヶ月、山から山が平均69.6ヶ月となっています。91年3月に始まった景気拡張(ほとんどの期間はクリントン大統領の時期です)は2001年3月に終わりますが、120ヶ月という戦後最長で空前のブームであったことがわかります。次に長いのが61年2月に始まり69年12月に終わった景気拡張期は106ヶ月でした。この時期はケネディ・ジョンソン大統領に時代でした。3番目に長かったのが82年11月を谷、90年7月を山とする拡張期で92ヶ月でした。この期間はレーガン・ブッシュ大統領の時期に対応します。
戦後アメリカの景気の平均拡張期間は平均収縮期間の約6倍となっています。これが長いかどうかの判断は難しいところですが、国際比較すると面白いと思われます(日本については
コラム:日本の景気日付を参照してください)。