modern american economy
5-6. IT革命の労働への影響
担当:甲南大学 稲田義久
この章の最後で、IT革命の労働に与えた影響を見ましょう。IT革命はこれまでとは異なる産業編成をもたらしました。IT革命はIT生産業の雇用に大きな変動をもたらしただけでなく、経済全体における女性労働の役割にも大きな変化をもたらしました。
5-6-1 IT生産業の雇用
IT革命はアメリカ経済の雇用をいったいどの程度増加させたのでしょうか。1992年から98年にかけて、IT生産業の雇用は年平均+4.9%で増加しました。これは同期間の民間部門雇用の平均伸び率(+2.8%)を大きく上回っています。IT生産業における雇用変動の内訳を見ると、同産業の雇用増を牽引したのはソフトウェアとサービス業であることがわかります。ソフトウェアとサービス業の同期間における平均伸び率は実に+11.3%です。その他の業種(ハードウェア・通信機器製造業や通信サービス)の雇用の伸びは民間部門雇用平均伸び率とほぼ同じです。IT生産業雇用者数は92年の388万人から98年には516万人へと128万人増加しました。同産業の民間部門雇用に占める割合は同期間に4.3%から4.9%に上昇しました。
表5-5 IT生産業の雇用 (単位:1000人)
|
1992 |
93 |
94 |
95 |
96 |
97 |
98 |
1992-98
伸び |
年平均
伸び率 |
民間部門雇用計 |
89956.0 |
91872.0 |
95036.0 |
97885.0 |
100189.0 |
103133.0 |
106007.0 |
16051.0 |
2.8 |
IT産業計 |
3875.4 |
3897.9 |
4012.7 |
4239.8 |
4497.0 |
4851.3 |
5155.6 |
1280.2 |
4.9 |
伸び率 (%) |
|
0.6 |
2.9 |
5.7 |
6.1 |
7.9 |
6.3 |
|
|
構成比 (%) |
4.3 |
4.2 |
4.2 |
4.3 |
4.5 |
4.7 |
4.9 |
|
|
ハードウエア |
1436.0 |
1401.1 |
1414.3 |
1475.3 |
1555.6 |
1649.9 |
1708.4 |
272.4 |
2.9 |
ソフトウエアとサービス |
853.9 |
911.0 |
977.1 |
1109.6 |
1248.9 |
1433.1 |
1625.3 |
771.4 |
11.3 |
通信機器 |
316.6 |
316.7 |
326.5 |
337.3 |
341.9 |
349.0 |
352.5 |
35.9 |
1.8 |
通信サービス |
1268.9 |
1269.1 |
1294.8 |
1317.6 |
1350.6 |
1419.3 |
1469.4 |
200.5 |
2.5 |
|
出所:Digital Economy 2000, Department of Commerce
5-6-2 IT生産業の平均賃金
上の表からわかるように、IT労働者はひっぱりだこであることがわかっていただいたと思います。IT労働者の需給関係はきわめてタイトですから、彼らの給与は平均を上回るものであることは容易に想像できます。92年のIT生産業労働者の年間平均賃金は4万1300ドルでしたが、98年は8万8000ドルに上昇しています。一方、92年の全民間産業平均賃金が2万5400ドルですから、IT生産業労働者は民間平均1.6倍の賃金を得たことになります。また98年の民間平均が3万1400ドルですから、IT生産業の賃金は同年には1.8倍に開いており賃金格差は拡大しているといえるでしょう。ちなみに2000年では格差は2倍以上に開いています。ITと非ITの間の賃金格差はデジタル・ディバイドとよばれますが、これはIT革命の暗の部分です。今後はこの解消のためにIT教育の政策が必要となってくるでしょう。
92-98年の民間業名目賃金の平均伸び率は+3.6%で、IT産業のそれは+5.8%でした。この間の消費者物価の伸びは+2.5%であるからIT産業の実質賃金は平均3.3%上昇したことになります。
表5-6 IT生産業の1人当たりの賃金 (単位:$)
|
1992 |
93 |
94 |
95 |
96 |
97 |
98 |
1992-98伸び |
年平均伸び率 |
全民間産業平均 (1) |
25400 |
25700 |
26200 |
27200 |
28300 |
29800 |
31400 |
6000 |
3.6 |
賃金格差=(2)/(1) |
1.6 |
1.7 |
1.7 |
1.7 |
1.7 |
1.8 |
1.8 |
|
|
IT産業平均 (2) |
41300 |
42500 |
43900 |
46400 |
49200 |
52900 |
58000 |
16700 |
5.8 |
ハードウエア |
42400 |
43300 |
44200 |
46300 |
48300 |
52800 |
58000 |
15600 |
5.4 |
ソフトウエアとサービス |
44300 |
45300 |
47200 |
50700 |
54900 |
58800 |
65300 |
21000 |
6.7 |
通信機器 |
38900 |
40800 |
41700 |
43200 |
46400 |
49700 |
53700 |
14800 |
5.5 |
通信サービス |
38600 |
40100 |
41800 |
43700 |
45700 |
47800 |
50900 |
12300 |
4.7 |
|
出所:Digital Economy 2000, Department of Commerce
5-6-3 ITで甦った労働生産性
IT革命はビジネスの形態に大きな変化をもたらしました。例えば、インターネットのおかげで店頭販売の必要性がなくなりました。パソコンの通信販売が象徴的です。デル・コンピュータのビジネス・モデルを考えればよく理解できます。同社では店頭販売にかかるコストを削減し在庫管理も適切に行うことが出来ました。店頭販売がインターネット販売に置き換えられるわけですから、セールス担当にかかわる人員を大幅に削減できました。これがデル社が勝ち組になった秘訣です。IBM社では1980年代半ばに40万人いたセールス担当者が99年には27.5万人まで縮小したと報告されています。
このようなビジネス形態の変化は、女性労働に大きな就業機会を提供しました。これまで、どちらかといえば、セールスは外に出る仕事ですから男性に有利でした。しかし、これまでの人的関係を中心とするセールスの形態は、もっとコストに敏感で、しかも経済のグローバル化による24時間ビジネスが普通になる形態に変化してきました。教育水準が高く、価値の高い技術を身につけている女性労働者が有利になってきたわけです。
IT革命によりこれまで優位であった男性労働が地位を失い、ヒューマンキャピタルとして価値の高い女性労働が優位を占めてきます。一般に女性の賃金率は男性に比して30%低いといわれています。IT活用による生産性の向上は同時に低賃金の女性労働の拡大を伴いました。これが賃金インフレなき生産性向上を実現した理由なのです。