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modern chinese economy
12-6. 為替レートの伸縮性拡大
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史


12-6-1 中国の不胎化政策
 第二の「為替レートの伸縮性拡大」の適否を決める決定的要因は「資本取引の活発化」です。そして近年の人民銀行の悩みはまさにこの点にありました。

 再び最近の外貨準備増加に着目して下さい。2001年から2年半にわたる累計約1800億ドル(1.5兆元、対GDP比約15%)の国際収支黒字は人民銀行のドル買い・人民元売り介入により吸収されました。ということは、人民銀行は1.5兆元の人民元資金を市場に放出することになるわけで、このマネーサプライ管理に慎重を期さなければなりません。しかし、かつてのように銀行に与信枠を課すことによってマネーサプライをコントロールできる時代は終わりました。ドルを人民元預金に換えた企業・個人の資金の使い道を制限することができないからです。

 このドル買い介入から生じる人民元供給増加を吸収する操作を「不胎化」と言います。日本は財務省が発行する財務省証券(financial bills)で介入用円資金を調達するので、自動的に不胎化が行われています。しかし、短期証券市場が発達していなかった中国では、これに代わって人民銀行貸出の調節や、預金準備によって不胎化が行われてきました。図12-9は中国の外貨準備資産と銀行の預金準備の推移を追ったものです。これによると、1994-97年の外貨準備増加のほとんどが銀行の人民銀預け金の積み上げによって不胎化されていたことが分かります。18-20%という高率の預金準備率を温存することにより、介入により放出された人民元を預金準備という形で銀行組織内部に滞留させていたのです。また。おそらくこれが98年までの異常とも言える多額の準備預金のカラクリでしょう。

図12-9 中国の外貨準備と銀行預金準備
図12-9 中国の外貨準備と銀行預金準備
資料) IMF, International Financial Statistics.

 しかし2000年代に入ると、準備預金積み上げによる不胎化は後退しているようです。債券レポ取引をはじめとして厚みを増してきた短期証券市場経由での不胎化が可能になったからでしょう(2003年8月時点で人民銀行は4000億元の中銀債(central bank bills)を発行しています)。しかし、市場メカニズムを活用し始めると、100%不胎化できるとは限りなくなります。一般に「不胎化の危険」と言って、その操作は国内短期金利を引き上げ、さらなる資本流入を招く可能性が高いからです。つまり「固定相場制度下の資本取引の活発化は、マネーサプライの管理を難しくする」のです。そしてまたこれが90年代に固定相場制を維持したまま資本自由化に走ったタイの失敗からの教訓でした。為替レートの伸縮性を持たせないままでの資本自由化が、景気過熱や過度の景気冷却を招いたのです。

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12-6-2 資本輸出促進策
 このように最近の外貨準備の大幅変動は、中国に伸縮度の低い安定為替レート制度を再考する機会を与えたように思われます。(1)国内金融調節が依然不完全(伸縮的為替レート制度下のマクロ経済政策の柱は金融政策であり、その機能不全は命取りです)、(2)国内金融機関健全化・制度拡充が遅れている(どのような為替レート制度であろうとも、金融システムが脆弱であると政策運営がうまくいきません)現状では、近い将来中国が大胆な資本自由化に踏み切るとは思えません。まして(3)脱税・節税は当たり前、納税意識さえ薄い中国において、税制の不備を残したままの資本自由化など論外です。隠れた資本移動が意味するように、「不正資金」、「課税逃れ」の格好の逃げ道を用意することになるからです。中国国内ではアジア危機の反省から(2)の側面に議論が集中しているようですが、問題はもっと広範囲にわたるのではないでしょうか。

 しかし、日本の経験でも明らかなように、開放システムの拡大・深化はいやおうなく資本取引活発化の芽を育んでいきます。そして現在、世界経済が直面している最も困難な問題の一つが活発化した国際資本移動への対処であり、残念ながら変動相場制でさえそれには有効に対処できていません。

 幸か不幸か、中国も「対外資本流出規制の緩和」に踏み切らざるをえなくなりました。経常収支黒字国がマネーサプライ管理に困難をきたすことなく為替レートを安定化させる唯一の方法は、経常収支に見合う民間資本流出を促すことです。経常収支黒字は本源的資産(誰かが負担しなければならないリスクを伴う資産)の蓄積を意味するので、マネーサプライ管理が困難だとの理由で通貨当局がそのリスク負担を拒むと、民間にその本源的資産を保有してもらう以外に手がありません。その最初の取り組みは国内輸出企業に対する外貨留保枠の復活と外貨預金の自由化でした。経常収支黒字を外貨預金により蓄積させ、その外貨預金を原資として人民銀行の管理の及ぶ銀行に対外債券投資を行わせる方法です。この制度変化により1998年から外貨預金が顕著に増加するとともに、銀行の対外債券投資が大幅に拡大しました。また、中国企業の対外進出(中国語で「走出去」と言います)促進や最近創設された「適格国内機関投資家(Qualified Domestic Institutional Investors: QDII)」制度もその一環と考えることができるでしょう。つまり、対外資産蓄積という抗し難い地殻変動が資本取引規制を徐々に形骸化させるという日本の歴史を、中国も身を持って経験し始めているのです。そしてそのエネルギーがピークに達したときこそが現行の厳格な固定相場制終焉の時です。現在はその時に備えて準備をしなければならない時期と言えるでしょう。

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