本稿で扱った第1次世界大戦期のアメリカ合衆国のプロパガンダ・ポスターには、同時代に存在した女性参政権運動も社会主義運動も熾烈な階級闘争も、頻発した黒人へのリンチとそれに対する彼らの団結も当然のことながら表には全く描かれていない。だが、実際にはアメリカ参戦に対して反戦運動や徴兵反対運動が急速に広がり、反対を抑えるために大がかりな宣伝活動が実施されなくてはならなかった。「戦争プロパガンダ」というと、もっと意気軒昂で血気盛んな勇士ばかりが描かれているものと想像していた読者は、意外に「芸術的」で刺激の少ないポスター群に拍子抜けしたかもしれない。だが、そのポスターが何を目的としており、その目的を達成するために画面がどのように構成されているのか、という視点から具体的に検証すると、第1次世界大戦期・米国のプロパガンダの文法が、それを生み出した主流文化において古くから伝えられてきた民族神話や自然化された性差の常識や偏見に依拠しており、決して主流文化の規範から大きく逸脱したものでないことに気づくだろう。「プロパガンダに芸術も動員された」のではなく、まさに「文化」こそが暴力への連鎖を生み出していったのである。
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発展課題 ここまで読み進んできた皆さんはかなり図像を読み解く分析力をつけてきたはずである。
現在、インターネット上では戦争プロパガンダに関する様々なアーカイブが整理されてきているので、それらを探し出し分析してほしい。
たとえば、アジア太平洋戦争中に日本で発行された『写真週報』が、国立公文書館・アジア歴史資料館のホームページにおいて公開されている。それらの豊富な画像をジェンダー、エスニシティなどの視点から分析してみよう。
◇参考文献:加納実紀代「「大東亜共栄圏」の女たち――『写真週報』に見るジェンダー」『戦時下の文学』インパクト出版会、2000年
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◇本稿(4-3,4-4)は、北原恵「米国プロパガンダ・ポスターにみるナショナリズムとジェンダー」(上村くにこ編『暴力の発生と連鎖』人文書院、2008年)を元に書き直したものである。本稿への使用を許可して下さった出版社と編者に感謝いたします。 謝辞
「第一次世界大戦期のプロパガンダ・ポスター・コレクション」の貴重な図版を使用させてくださった東京大学大学院情報学環に、記して感謝いたします。なお、本文における分析上あるいは事実関係の誤認があるとすれば、それはすべて筆者(北原恵)の責任である。
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