社会調査工房オンライン-社会調査の方法
←→
4-4いかに視覚イメージを読み解くか――第1次世界大戦期、米国プロパガンダポスターを例に U.分析篇:WWIポスターに見るジェンダーの表象
WWIポスターに描かれた<女>の表象――女性イメージの分類と役割
4-4-3 家庭人(母・妻・娘)


 ポスターの中の女性たちは、母や妻、娘としても描かれることが多い。彼女たちは、戦場に夫や息子を元気よく送り出し、「女性のみなさん! アメリカの息子たちを助け、戦争に勝ちましょう」【#28】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/384)と息子のために債権を買うよう呼びかけたり、赤十字の呼びかけに応えて食料の節約や編み物をするなど、ドメスティックな領域にあっても戦争に積極的に協力している。
 究極の母のイメージは、「世界一偉大な母」【#398】というポスターであろう。女性看護師が負傷した兵士を抱きかかえるこのポスターは、聖母マリアがキリストの遺体を抱いて嘆き悲しむピエタの図像を引用しており、キリスト教社会における宗教的な伝統文化を喚起するものである。

#398 「世界一偉大な母」A. E. Foringer、1918年、米国

 また別のポスター「子供は死ぬしかないのでしょうか、母親の嘆願は無駄なのでしょうか」【#10】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/25)や「彼らを死なせるな」【#336】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/487)では、からっぽの食糧貯蔵容器や瓦礫の山のなかで赤ん坊や幼児を抱えた母親が、必死で生き延びようとする様を描き、アメリカ人に対して、海の向こうの「彼女ら」への救済を呼びかけている。

 同一画面において男女のジェンダーの力学が象徴的に現われるのは、敵と犠牲者の表象においてである7。野蛮で悪逆非道な敵の本性は、家庭人である「妻」「母」「娘」としての女を連れ去り、襲いかかり、強姦し、踏み潰すとき、あらわとなる。「敵(男)/犠牲者(女)/救う味方(男)」というパターン化されたジェンダー構成はいたるところに見ることができよう。
 「ベルギーを忘れるな」【#59】のポスターが表すのは、1914年8月のドイツ軍によるベルギー侵攻と残虐行為である。画面右側の兵士は、ドイツ帝国を象徴するスパイク付きのヘルメット(ピッケルハウベ)を被っていることからドイツ兵であることがわかる。嫌がる少女の手をドイツ兵が強引に引っ張り連れ去ろうとしているシーンである。

#59 「ベルギーを忘れるな」E. Young、1918年、米国

 獣のような敵の表象は、当の敵によって再び引用され、彼らの戦争プロパガンダに使われることもあった。アメリカ陸軍の制作した「この狂った野獣をやっつけろ」(H.R.Hopps作、1917年。ウィキメディア・コモンズ[http://commons.wikimedia.org/]において「Destroy this mad brute」で検索をかけるとみることができる[最終確認日2009.6.11])は、のちの第2次世界大戦ではナチのポスターにそっくり引用され、今度は、獣として表象された自民族に対する愛国心を呼びかけるのに役立ったことで有名である。引用されたナチのポスターには、「25年前彼らが我々を侮辱したとき、腐った侮蔑的なポスターにこう書いたー『この狂った獣を破壊せよ』−それはドイツ人のことだった」と書かれていた8

その他参考ポスター
「これを阻止するために手を貸してください」【#88】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/350
「そのドイツ人[蔑称で]を阻止せよ!」【#38】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/395

7 ◇サム・キーン(佐藤卓己、佐藤八寿子訳)『敵の顔――憎悪と戦争の心理学』柏書房、1994年
8 op.cit., Persuasive Images, pp.24-25.

←→
copyright(c)2004 Konan University All Rights Reserved.