社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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5-1-5 構想を組み立てる―多角的なアプローチ
Example 「路上ライブに魅せられる若者達―公共空間に拡大する私的空間」冒頭&Mさんの研究アプローチ

Example
⇒ Mさんの卒業論文「路上ライブに魅せられる若者たち―公共空間に拡大する私的空間」(2003年1月提出)の冒頭部分です。皆さんなら、どのような調査をしてみますか。

はじめに
 いつからか、街を歩いていると路上ライブに遭遇するようになった。大阪や三宮はもちろん、自分の住む町にもそれはあらわれるようになった。よく見られたのは10代から20代の若者で、演奏している人数は2、3名。観客と共にグループのように輪になって駅の前や、人通りのある道の端で演奏しているというものだった。彼らは、人が多く集まるところに腰を下ろして、ギターを弾いて歌うため、私を含めた通行人は否が応でも、その演奏を聞くことになった。
 この論文を書くうえで断っておくが、私は路上ライブに特別な思い入れはなく(好き嫌いという意味で)、この論文を書き始める前に意識的に足を止めて聴き入ったことは旅先の札幌で一度ぐらいである。そのころ路上ライブをしている人は、ブームは始まりつつあったものの多くはなかった。98年に高校卒業を記念して友達といった旅行でのことだった。その路上ライブをやっていたお兄さんは当時24歳で、福岡出身だと言っていた。彼は歌って日本中旅をしていた。コピーを何曲か歌ってもらい、リクエストもした。彼の周りに私たち以外の人が多く囲むことはなかったが、それでも通行人や酔っ払いのおじさんがお金をギターケースに入れるなどして何らかのリアクションがあった。
 私が本論文のテーマとして路上ライブを考えようとするきっかけになったのは、増えた路上ライブを見て、私はその演奏や現象に多少なりとも不快感を覚えたからである。なかにはとても演奏が上手な人もいる。それに感動して立ち止まっている人もいる。しかし数として演奏のレベルが低い人が多いと感じ、観客もそれに感動して止まっているとは思えなかった。それを見ているうちに、なぜ路上ライブをしているのだろう、という疑問がわいてきた。
 そしてもう1つ疑問だったのは、その路上ライブに集まる若者に「普通」という印象を与える人が非常に多かったことだ。特に音楽に没頭している雰囲気でもなく、悪びれた様子もなく、デビューに向けて意気込んでいる感じもない。そのあたりに歩いている若者と違う点は、ただギターを持って歌っているという事だった。

⇒ 学生からのコメント「こんなアプローチ」
卒業論文「路上ライブに魅せられる若者達〜公共空間に拡大する私的空間〜」
(2003年1月提出)

3つのアプローチの組み合わせ

[動機]
4,5年前から街に路上ライブの光景、「なぜ路上で歌っているのか」という疑問
↓
路上ライブの変遷を知る
社会的背景、路上ライブは時代を映す
・1960年代末〜70年代のフォークゲリラ(社会にたいする主張を歌にする)
・80年代のバンドブーム(自分たちの表現したい世界を歌にする)
・90年代 カラオケの登場、バブルの崩壊、音楽番組の衰退
・90年代後半2人組のバンド「ゆず」登場
ゆずのように歌う若者とたちとそれを囲む観客が全国的に広がる
ゆずのようにデビューする「路上出身者」が登場
「ゆず現象」、社会へという公に向けられたメッセージ性少ない?
↓
Mさんのヨーロッパ旅行の体験
↓
海外の路上ライブと比較する
海外の路上音楽に注目、日本との相違点
・質の高い音楽(プロ、プロをめざす人々)
・稼ぐ(路上ライブは収入源、聴衆も音楽への評価→お金)
・姿勢(立つ、聴衆と目線をあわす、観客とのコミュニケーション)
↓
日本で路上ライブを改めて観察する
↓
路上ライブの現状を知るための事例研究
フィールドワーク(現場へ行く)
・三宮と梅田での路上観察(写真、インタビュー、チラシの収集など)
「ゆず」な人;
カジュアルな服装、普通の若者、稼ぐことを重視しない、
自分探し的歌詞、座る姿勢、目線をあわせない、消極的姿勢
*ゆずのような若者が減りセットを組んで演奏するバンド増加(流行の変化)
↓
[考察]
路上ライブを素材として、現代社会の何を考えることができるか。
↓
現在の日本の若者の路上ライブは、日常の個の空間を公共空間に広げる行為
分析・考察
「ケータイ」や「ウォークマン」の普及による90年代の公共空間における私的空間の拡大。若者達は、公共空間の中で私的空間を作り出すことを心地よいものとする。対人型の直接的なコミュニケーションから間接的なコミュニケーションへの変容、ウォークマンによる場所を問わない音楽。路上も社会の一部であるとは意識せずに、個の日常の延長としての私的空間を作り出す。路上ライブもウォークマンやケータイと同様に私的空間づくりであり、その中に入ってくる観客(仲間)のみとの会話。「ゆず」現象にみられた路上ライブは、若者の現代的コミュニケーションのかたちではないか。

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