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環境計測のための機器分析法 茶山健二
5章 ICP発光分析法 プラズマに試料を送り込む
5-2  プラズマの定義と種類
 プラズマ発光光源の種類とその性質については、後章に詳述されるので、簡単に語源と分類について記します。プラズマという言葉の語源は、ラテン語のplasmaまたはギリシア語のπλαγμαにあり、意味するところは、「形造られたもの」(something formedまたはmoulded)です。近代科学において、この言葉が用いられだしたのは、19世紀の後半であり、医学または生物学においてでした。すなわち、血漿(blood plasma)または原形質(protoplasma)がそれです。いずれも物質的には、どろどろとしたコロイド溶液であって、むしろ形はないのですから、語源との関連をつけるのに苦しみますが、そのいずれも生命にとって重要な基本的なもの、したがって神秘的なもの、造物主によってのみ「形造られたもの」という意味に由来するという考え方があります。

 一方、理学においてプラズマという言葉が用いられだしたのは、さらに新しく、1920年代になって、アメリカの物理化学者Langmuirが称えだしたものです。一口でいえば、電離気体(ionized gas)のことであり、真空放電管の中央発光部分の電離したガス、アーク放電の電極間の気体、大気の電離層、太陽のコロナなどが、その例です。Langmuirが、何故にこれらの電離気体にプラズマという呼び方を与えたのか、現在筆者の手元に残念ながら文献がないのですが、各種の小粒子を含んだ流動的かつ神秘的メディアムという点で、前記の原形質などとの共通点が見いだせます。

 ともあれ、用語の常として、この物理学的な狭義のプラズマも、その後さらに細分化されて使用されてきています。正、負の電荷が、ほぼ等量存在して、全体として中性になっていると考えれば、プラズマは固態、液態、気態いずれの状態でもあり得るというのがその一つ、ただし気態に適用するのが普通で、電子、イオンのほか中性の原子や分子の集まったズープ状混合気体、すなわち弱電離プラズマがその二つ、温度が数万度以上となって、分子はもとより存在せず、原子も完全に電離して、電子と原子核の集合となった完全電離プラズマがその三つです。固、液、気に次ぐ物質の"第4状態"といわれるのは、この最後のプラズマであり、近年の天体物理学においてますます興味を呼んでいる太陽を含んだ高温の恒星、またそれを我々が作りだして、理想的なエネルギー源にしようとしている核融合炉の内部などは、この状態のプラズマです。発光分光分析用のプラズマ光源は、次のように分類することができます。 このうち2の高周波誘導結合プラズマがこの章の主題です。
直流プラズマ
 発光光源の原型である直流弧光を変型することによって、この型のプラズマ光源が生れました。すなわち空気中において行なう放電を閉じこめた系のなかで行ない、アルゴン系の希ガスを用いて、弧光中の陰極炎(negative flameまたはplume)の部分を炎状に噴出させ、そのなかに噴霧された試料中の元素が励起されます。この型が直流プラズマジェット(DC plasmajet)です。ハーバード大学で化学炎の研究をしていたMargoshes博士が、ワシントンの米国標準局(NBS)に移って試みたのが、この種の装置の始まりです。彼がさらに改良を行なって、補助電極を用いて、系の安定化をはかり、弧光の中心部すなわち陽光柱(positive columnまたはcurrent-carrying portion)を観測するようにしたのが安定化弧光(gas stabilized arc)と称せられています。この両者について数多くの類似または関連した発表があります。Spectrametrics社において開発された"Spectra Jet"は巷間にかなり普及している装置の一つです。
誘導プラズマ
 直流電流のかわりにラジオ波またはマイクロ波の領域の電磁波を用いて、無電極または単極の誘導放電を希ガス中において行ない、プラズマを生じさせ、そのなかに導入された原子の励起発光を観測するのが、この種のプラズマ光源です。
 高周波誘導結合プラズマまたはラジオ波誘導結合プラズマ(ICP:radiofre-quency inductively coupled plasma)は、三重石英管を通してアルゴンガスを導入し、上部に2〜4回コイルをまいて、高周波がガス中に誘導されてプラズマとなり、エアロゾルとして散布された原子が励起されます。容量結合マイクロ波プラズマ(CMP:capacitively coupled microwave plasma)は、同じく希ガスのキャリヤーガスが、マイクロ波発生用のマグネトロンにより管中において誘導結合し、単極上の炎状のプラズマができて光源となる型です。マイクロ波誘導プラズマ(MIP:microwave induced plasma)は、適当な大きさの共鳴空胴(resonance cavity)とマイクロ波発生装置とを結合させ、その中央部に設置した毛細管中の希ガスをプラズマ化し、励起源としたものです。この最後の型は、減圧下においてガスクロマトグラフィーの検出器として使用されていたヘリウムプラズマが、大気圧において得られた点で注目に値します。ヘリウムであるために励起元素の種類が拡大される可能性があります。
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