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環境計測のための機器分析法 茶山健二
6章 キャピラリー電気泳動法
6-2  電気浸透流
 自由溶液を媒体とするCEでは電気浸透流 (electro-osmotic flow) と呼ばれる媒体自体の流れが発生します。古くから電気浸透流はスラブゲル電気泳動やキャピラリー等速電気泳動における望ましくない現象として,これを抑制しようとする試みがなされてきました*3。これに対し、CZEやMEKCはむしろ積極的に電気浸透流を利用しようとする方法です。電気浸透流はフロープロフィルが平坦であり,この平坦な流れがCZEにおける優れた分離効率を与えます。CEでは,溶融シリカキャピラリーが広く用いられています。溶融シリカキャピラリーの内壁は図6・1に示すようなシラノール基の解離により負電荷をもつため,電気浸透流は正極から負極に向かって流れます。
図6・1 電気浸透流(EOF)
電場の強さEの下での電気浸透流速度は次式で表されます。
  (6・1)
 ここで電場の強さとは単位長さ当たりに印加されている電圧であり,印加電圧をキャピラリーの長さで割ったものです。は電気浸透流移動度と呼ばれるものであり,溶液の誘電率,粘度,ゼータ電位によって決定されます。
  (6・2)
 ゼータ電位はキャピラリー表面と溶液内に存在するすべり面との間の電位差として定義されており,キャピラリーの表面電荷,デバイ長さ,キャピラリー表面のカウンターイオンの厚さ,溶液の電解質濃度に依存します。
  (6・3)
 ここで,は素電荷,は温度,は気体定数です。近似的にはゼータ電位は次式で与えられます。
  (6・4)
 は定数であり,ゼータ電位は濃度の-1/2乗に比例します。  自由溶液での泳動ではキャピラリーの表面電荷が電気浸透流速度を決定する重要な因子です。キャピラリー内壁のシラノール基の解離定数10-5.3はM程度であり,キャピラリー内壁の表面電荷は弱酸性から中性のpH領域でもっとも大きく変化し,電気浸透流速度はpHの増加とともに大きくなります。
 中性のpH領域では電気浸透流速度はほとんどのイオンの泳動速度よりも大きいため,図6・2に示すように,陽イオンだけでなく電気浸透流とは逆向きの速度で泳動する陰イオンも負極に向かって泳動することとなります。
図6・2 キャピラリーゾーン電気泳動(CZE)
 すなわち,CZEでは電気浸透流が存在することにより陰イオン,陽イオンを同時に泳動分離,検出することが可能です。電気浸透流はCEにおいて,分析時間の短縮,高理論段の達成などに重要な役割を果たしていますが,流速の再現性に乏しく,この再現性はキャピラリーの前処理法に依存するなどの問題点もかかえています。
 電気浸透流はCZEやMEKCの分離に影響を与える重要な因子であり,これを制御することで分解能を改善できる場合がしばしばあります。もっとも単純な方法はpHによりキャピラリー内壁の電荷を制御するものです。しかしながら,pHはイオンの移動度に影響を与える重要な因子でもあるから,イオンの移動度の変化との兼ね合いで適切なpHを選択しなければなりません。
 これに対し,比較的簡単に利用できる電気浸透流の制御法は陽イオン界面活性剤を添加する方法です。陽イオン界面活性剤はキャピラリー内壁に吸着し,キャピラリー壁の負電荷を減少させます。陽イオン界面活性剤の濃度の増加とともに電気浸透流速度は減少し,ある濃度を越えると電気浸透流は逆転します。電気浸透流の逆転は陽イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度以下で起こるので,ミセルへの分配が起こらない条件で電気浸透流を逆転させることも可能です。このような電気浸透流の逆転は移動度の大きな陰イオンの分離にしばしば利用されます。たとえばハロゲン化物イオンのような陰イオンは電気浸透流と逆向きの移動度が大きく,通常の条件下では検出までに長時間を要します。このような場合,電気浸透流を逆転させることで陰イオンを短時間に分析することができます。しかし試料によっては陰イオンと陽イオン界面活性剤とのイオン対生成やキャピラリー壁との相互作用が無視できない場合があります。
 もう一つの電気浸透流の制御法はキャピラリーの外壁に外部電場を印加し,キャピラリー内壁の解離状態を制御する方法です。この場合,陽イオン界面活性剤を用いる方法のようなイオン対生成,ミセルとの相互作用を考慮する必要がなく,イオンの移動度を変えることなく電気浸透流を制御することが可能です。また,電気浸透流を減少させるだけでなく,大きくすることも可能です。このことは,この方法の大きな特徴です
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