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4-5. 湾岸戦争の経済的帰結

担当:甲南大学 稲田義久


 2期にわたるレーガン政権の後、何をやっても目立たないブッシュ大統領にとって湾岸戦争は画期的であり、アメリカ国民に彼の勇気と指導力を示すのには格好の事件でした。

 1990年8月2日、イラクのクウェート侵攻に端を発する中東湾危機は、翌91年1月17日、アメリカ軍を中心とする多国籍軍のバグダット空爆(Operation Desert Storm)の開始をもって湾岸戦争に突入しました。湾岸戦争は2月24日に本格的な地上戦の開始となり、2月28日に多国籍軍の圧倒的勝利のもとに事実上終結したのでした。

 ここでは湾岸戦争の経済的帰結に関するマクロ・モデルによるシミュレーションを紹介し、その経済的意義を考えてみましょう(参照:稲田義久、「湾岸戦争の経済的帰結」、『日米経済の相互依存とリンク・モデル』1991年日本評論社)。

4-5-1 戦費の調達
 実際に湾岸危機・戦争でどの程度戦費がかかるかは91年開戦当初の時点ではよくわかりませんでした。判断材料としては、議会予算局(Congressional Budget Office: CBO)や行政管理予算局(Office of Management and Budget)による試算や議会に提出された戦費支出法案があるのみでした。

 例えば、CBO試算(91年1月)では、湾岸戦争の費用を280-860億ドルと見積もられていました。戦費に幅があるのは戦争が1ヶ月の短期で終わる場合と6ヶ月にわたる長期のケースを想定しているからです。またOMB試算(91年2月22日)によれば、91年1-3月の戦費として430億ドルを見積もっていました。

 アメリカ議会は91年3月22日に、湾岸戦争の戦費として政府に総額426億ドルの予算支出を認める戦費支出法案を上下両院で可決しました。

 湾岸戦争の戦費をまかなうため、多国籍軍支援各国は90年に97.4億ドル、91年に438.1億ドルの支援金を拠出することをアメリカに約束しました。日本も90年に17.4億ドル、91年3月末までに90億ドルを湾岸協力基金に支払うことを約束したのです。90億ドルは、1ドル=130円で換算すると、1兆1700億円になります。これをどのようにファイナンスするかについては、まず90年度補正予算で経費削減を図り2000億円を捻出します。残りの9700億円については、臨時に赤字国債を発行することとなりました。9700億円の赤字国債の償還は、6700億円の増税と防衛費等3000億円の削減により実施されることになりました。

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4-5-2 湾岸戦争のシミュレーションの方法
 湾岸戦争という場合、90年8月2日のイラクのクウェート侵攻から91年1月17日までの期間(湾岸危機)と実際の戦闘(湾岸戦争)および戦後処理の3つの期間を含めて考えます。したがって、湾岸戦争の経済的効果というのは、湾岸危機によって引き起こされた(1)原油価格高騰の効果、湾岸戦争によって引き起こされた効果、すなわち、(2)戦費負担と戦費の需要効果、および(3)戦後の復興需要の3つに分けて考えらます。

 マクロ・モデルによるシミュレーションでは外生変数の想定が重要となるので、以下簡単に説明します。

(1) 原油価格の想定
湾岸戦争の効果として重要なのは原油価格高騰がもたらす影響です。モデルでは外生変数の原油価格は、戦争が起こらなかった場合(基準ケースと呼ぶ)、90年内は湾岸危機が起こる7月までの平均原油価格17ドルで推移し、91年以降は年平均2%で上昇すると想定しました。実際は戦争が起こりましたから、基準ケースに比して90年平均で原油価格は5.6ドル上昇し、91年以降については戦争の終結により基準ケースの水準に戻ると想定します。

(2) 戦費の想定
戦費支出法案に基づいて、90年10-12月期の戦費は派兵および駐留費用のみですから91億ドル、91年にかかる実際の戦闘にかかる費用は335億ドルと想定します。さらに多国籍軍に対して中東諸国、日本およびドイツから90年に97.4億ドル、91年に438.15億ドルが湾岸協力基金援助としてアメリカに支払われるものと想定します。

(3) 復興需要の想定
湾岸戦争後の復興需要については不確定要素が多い。クウェートとイラクの復興額は若干の研究によれば1000億ドル程度(10年間)と推定されている。シミュレーション期間中は毎年100億ドル、5年間にわたって外生的に発生すると仮定します。


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4-5-3 シミュレーションの結果
 以上の設定に基づいて湾岸戦争のシミュレーションが行われますが、シミュレーションの期間は90-96年にわたります。その短期的な効果は90-91年の2年にわたって集中しますので、ここではこの短期的な効果のみを示します。

(1)原油価格高騰の効果
原油価格は90年平均で5.6ドル上昇し91年には元の水準に戻るため、アメリカの貿易収支は、湾岸戦争がない場合(基準解)より90年に112億ドル悪化するが、91年には50億ドル程度改善する。経常収支も90年で111億ドル悪化するが、91年で48億ドル程度改善する。 原油価格の高騰によりGNPデフレータは90年で0.47%上昇するが、91年には0.03%下落する。

貿易収支の悪化、インフレによりアメリカの実質GNPは、90年で0.12%、91年で0.16%基準解より減少する。

連邦政府の財政バランスを見ると、90年はインフレの影響により54億ドル程度改善するが、91年は景気の落ち込みの影響により128億ドル悪化する。

原油価格の高騰によりその他世界の輸出が増加するため、名目世界輸出は90年で2.42%拡大するが、91年には日本やアメリカの成長率低下の効果があらわれてくるため、0.04%縮小する。その結果、その他世界の実質GDPは、90年で0.07%、91年で0.03%拡大する。

(2)戦費負担と戦費の需要拡大効果
アメリカの国防支出の拡大により、実質GNPは90年で0.17%、91年で0.67%基準化より拡大する。戦費の需要効果によりアメリカ経済は拡大するため、日本およびその他世界からの輸入を増加させる。

このため貿易赤字は90年で16億ドル、91年で64億ドル拡大する。しかし経常収支赤字は異なった動きを示します。90-91の両年にわたって海外から公的資金が入ってくるため赤字は改善するのです。

連邦政府の財政バランスを見ると、国防費が増加する一方で、それを上回る海外からの公的資金が国庫に入るため、財政赤字は縮小するのです。90年で64億ドル、91年で324億ドル程度赤字は改善する。

アメリカ経済の拡大により、名目世界輸出は90年で0.06%、91年で0.2%拡大する。その結果、実質世界GDPは、90年で0.03%、91年で0.11%拡大します。

(3)復興需要の効果
91年から中東諸国により復興需要が出てくるため、アメリカの貿易赤字は91年に33億ドル、経常収支赤字は30億ドル程度改善します。その結果、実質GDPは91年に0.18%拡大します。世界輸出は91年で0.37%、世界GDPは0.05%程度拡大する。

(4)湾岸戦争の効果
原油価格の高騰、戦費負担と戦費の需要拡大および復興需要の総合効果により、アメリカの実質GNPは90年で0.04%、91年で0.59%、戦争がなかった場合より拡大すると見込まれます。まさに軍事ケインズ(military Keynesian)効果がはたらいているといえよう。

アメリカの経常収支赤字は90年で33億ドル悪化するが、91年には439億ドル程度改善する。連邦政府のバランスも主として海外からの公的資金の流入により、90年で118億ドル、91年で209億ドル程度改善します。このように湾岸戦争は短期的にはアメリカにとってpayしたといえるでしょう。

アメリカ経済の拡大は世界の貿易を活発化させ、世界GDPも拡大させます。

表4-5 湾岸戦争の影響
注 : *印は10億ドル(乖離幅)、**は%ポイント、その他は乖離率(%)
  1990 1991 1990 1991 1991 1990 1991
原油価格高騰 戦費と需要効果 復興需要 全効果
アメリカおよびその他世界              
経常収支* -11.11 4.84 7.85 35.78 3.02 -3.30 43.93
貿易収支* -11.17 4.99 -1.55 -6.44 3.29 -12.75 2.06
実質GNP -0.12 -0.16 0.17 0.67 0.18 0.04 0.59
GNPデフレータ 0.47 -0.03 0.00 0.07 0.00 0.48 0.04
国債利回り** 0.01 0.02 0.01 0.05 0.01 0.02 0.08
財政バランス* 5.43 -12.77 6.38 32.43 1.48 11.79 20.86
その他世界GDP 0.07 0.03 0.01 0.04 0.03 0.08 0.10
世界輸出 2.42 -0.04 0.06 0.20 0.37 2.48 0.52
世界GDP 0.04 0.00 0.03 0.11 0.05 0.03 0.18
日本              
経常収支* -6.90 0.86 0.33 -6.26 2.23 -6.56 -3.60
貿易収支* -5.67 0.75 0.26 2.07 2.05 -5.41 4.48
実質GNP -0.21 -0.07 0.02 -0.27 0.11 -0.19 -0.24
GNPデフレータ 0.43 -0.03 0.00 -0.04 -0.01 0.43 -0.08
国債利回り** 0.02 -0.10 0.00 -0.04 0.00 0.02 -0.05

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