← 5-1
5-3 →
modern american economy
5-2. 景気の浮沈を決めるITセクター

担当:甲南大学 稲田義久


 クリントン政権時代の経済の好調、特に、政権後半の好調は、IT革命に支えられたものといえます。ここで、IT革命を担ったIT生産業とは何なのか、まず定義から始めましょう。

5-2-1 IT産業の定義
 アメリカでは、IT生産業とは「さまざまな経済分野の事業活動・プロセスを支援するIT財・サービスならびにインターネットと電子商取引の生産者」と定義されています(Digital Economy 2000, Department of Commerce)。具体的には、IT生産業は(1)ハードウェア製造業、(2) 通信機器製造業、(3) ソフトウェアとサービス業および(4)通信サービス業からなります。詳細は下表にまとめてあります(表5-3 IT産業の定義 を参照)。
表5-3 IT産業の定義
ハードウエア製造業 ソフトウエア・サービス業
コンピュータと関連機器 コンピュータ・プログラム・サービス
コンピュータと関連機器の卸売 パッケージ・ソフトウエア
コンピュータと関連機器の卸売小売 ソフトウエアの卸売
計算機と事務機 ソフトウエアの小売
磁気及び光学式記録媒体 コンピュータ化されたシステム設計
電子管 コンピュータ処理とデータ整備
PCボード 情報検索サービス
半導体 コンピュータ・サービス管理
パッシブ電子部品 コンピュータ・レンタルとリース
産業用計測機器 コンピュータ保守と修理
実験用分析機器  
通信機器製造業 通信サービス業
家庭用音響映像機器 電信電話通信
電話・電信装置 ケーブルその他の有料テレビサービス
無線・テレビ通信機器  
出所:BEA推計

 次にIT生産業の活動を見ましょう。アメリカのIT生産業の産出高はGPO (Gross Product Originating) ベースで計測されています。GPOとは各産業の産出合計から財・サービスの生産に費やしたコストを差し引いたものです。これは付加価値と類似した概念です。IT生産業生産高の経済全体(名目GDP)に占める割合は1990年で5.5%ですが、2000年には8.1%にまで拡大しています。経済全体で約1割近くの規模といえましょう。IT生産業の中でも、ソフトウェアとサービス業の伸びが著しく、経済全体に占める規模は同期間で1.1%から2.5%へと2倍以上に拡大しています。一方、パソコンなどのハードウェア製造業の規模は1.8%から2.6%へと拡大していますが、ソフトウェアの拡大ほどではありません(図5-2 IT産業の経済的規模 を参照)。ただ注意しなければならないことは、ハードウェア製造業ではソフトウェア・サービス業に比して価格の低下が著しいことです。したがって、実質ベースで比較するとハードウェア製造業のシェアは名目ベースよりずっと拡大しています。

図5-2 IT産業の経済的規模
図5-2 IT産業の経済的規模
出所:Digital Economy 2001, 2002, Department of Commerce


▲ページのトップ

5-2-2 IT生産業の成長貢献
 いったいIT生産業は90年代アメリカ経済の成長率にどの程度貢献したのでしょうか。具体的に求めてみましょう。アメリカの実質経済(GDP)成長率が平均4%であった96-99年にかけて、IT生産業部門は平均してGDPの7%のウェイトを占めました。一方、同期間にIT生産業の年平均伸び率は実質で22%を記録しました。この結果、実質経済成長率に対するIT生産業の寄与率は29%と計算されます。このように経済全体で10%に満たないニュー・エコノミー(IT生産業)が経済全体の成長率の約30%を説明するのです。クリントン政権の第2期はこのようにIT生産業に助けられたわけです。

▲ページのトップ

5-2-3 IT革命の視角
 以上の説明から、IT生産業がアメリカ経済の成長に貢献したのは明らかですが、重要なのはIT生産部門はもちろん非IT部門においても、ITの財・サービスの普及とその生産的利用が非可逆的に高まったことです。すなわち、ITの(効率的)利用なくして経済競争は不可能となったのです。
 ここでIT革命とは何であったのか、その特徴を歴史的に振り返ってみましょう。IT革命は第一段階と第二段階に分けることができます。第一段階は1960-70年代に生み出された電子通信(情報)関連技術が90年代半ばに大きく開花する時期です。第一段階の内容を具体例で言えば、ムーアの法則に象徴されるようなパソコンの発展やメトカーフの法則に示されるインターネットの発展を指摘することが出来ます(『ディジタル・エコノミー2002/03』、東洋経済新報社、2002年)。

▲ページのトップ

5-2-4 ニューエコノミーへの路:IT革命の第一段階
 IT革命の第一段階はパソコンとインターネットの融合と発展によりもたらされました。さて、筆者の専攻は実証計量経済学ですが、大学院生であった70年代後半は、研究での計算は主として大型電算機(メインフレーム)に依存していました。パソコン(当時はマイコンといいました)が利用可能となるのは、80年代に入ってからです。教員としての駆け出し当時、高いお金(約80万円)を払ってNECのPC8800を購入して、計量モデルの推計に使用したことを記憶しています。85-86年にアメリカのペンシルベニア大学で世界リンクモデルの研究をしたときには、IBMのATを使用しました。帰国の際には、この高性能パソコンを購入し大事にもって帰って自慢したことを覚えています。パソコンでもこれまで大型コンピュータでしかできなかった計算が可能になってきました。しかし、この高性能のパソコンの値段は大容量のハードディスクやプリンターをつけても今では20万円程度で購入できるのです。

▲ページのトップ

5-2-5 (1)パソコンとインターネットの急速な発展
パソコンの急速な発展
 さて90年代に入りますと、パソコンの高性能化が急速に進みます。パソコンの性能を評価する場合、通常CPUを比較します。またCPUの能力を測るのにMIPSという単位が用いられます。最初のCPU(インテル4004)の性能は0.06MIPS(71年)であったが、95年には300MIPSとなり、現在は1000MIPSを凌駕しています。これはパソコンの性能が25年で5000倍、30年で17000倍近くになってきていることを意味します。比喩的に言えば、30年前に時速20kmで走っていた車が、今では時速34万kmで走れるようになったのです。想像できるでしょうか。これはとてつもない進歩で、革命といわれるゆえんです。
 インテルの名誉会長ムーアはこの状況を見て、パソコンの性能(マイクロプロセッサーのスピード)が18-24ヶ月で2倍になることを発見しました。これは彼の名前にちなんで、ムーアの法則と呼ばれます。なおムーアの法則についてはインテル社のホームページを参照してください。素敵なムーアの法則の図を見ることが出来ます。

ハードディスクドライブ容量と通信速度の技術革新
 IT革命はパソコンの計算能力を飛躍的に高めただけでなく、データの大量輸送を可能にしました。データの蓄積能力はハードディスクの容量を比較します。筆者が80年代半ばに購入したIBMのATでは20メガが標準でした。当時はその容量の大きさに驚いたものですが、今日ではノートブックのハードディスクの容量はギガ単位です。ギガはメガの1000倍ですから、大変な技術進歩です。ハードディスクの容量は9ヶ月ごとに倍になっており、その1メガバイトあたりの平均価格は88年の11.54ドルから2000年には0.01ドル(推定価格)まで低下しています。
 ハードディスクの容量の拡大に加えて、データ通信能力も飛躍的に増大しました。波長分割多重やDSLといった通信分野での技術革新が進み、これからは光ファイバーが注目されています。ちなみに光ファイバーのデータ通信能力は12ヶ月で倍増しているといわれています。

インターネットの急速な発展
 ここでIT革命を理解するうえで重要な概念である、ネットワーク効果について説明しよう。ネットワーク効果とは、「ネットワークの利用者が増えれば増えるほど、その利便性が増す」ことを意味します。例えば、e-mailアドレスを持っている人が少なければその効用は小さいが、e-mailアドレスを持つ人が増えれば増えるほど、その価値は高まります。これがネットワーク効果の意味です。
 インターネットの概念が最初に打ち出されたのは1968年といわれており、MITのリックライダーが提唱したものです。しかし、彼のアイデアが実現するまでには多くの技術進歩が必要でした。インターネットを支える技術としては、データ転送に関するパケット交換方式やコンピュータ接続のプロトコルであるTCP/IP方式の発明をあげなければならないでしょう。またインターネットを使いやすくする技術として、WWW(広域情報検索システム)やインターネット・エクスプローラやネット・スケープといったブラウザーの発明が必要でした。
 メトカーフは「ネットワークの有用性は、それに接続する人の数の二乗に比例する」と述べました。これはムーアの法則に比してメトカーフの法則と呼ばれます。これが先に述べた、ネットワーク効果の数値的表現です。

▲ページのトップ

5-2-6 (2)競争の激化
 インターネットの急速な発達により、一般の人がグローバルかつ低価格で、しかもリアルタイムで情報収集ができるようになりました。企業にとっても事業をこれまで以上に簡単に始めることができるようになりました。すなわち、企業にとっては参入障壁が次々と低下していくわけですから、ビジネスの取引コストが着実に低下します。企業はこれまでの中間取引を中抜きできるようになりました。消費者にとっても取引コストが低下します。消費者は格安のティケットやホテルをインターネットで購入できるようになりました。これはサーチコストの低下を意味します。このようにビジネスにおける取引コストが劇的に低下すると、誰もが参入できることになります。この結果、競争が非常に厳しいものとなります。企業がこの厳しい競争を勝ち抜くためには生産性をあげるか、大幅にコストを削減することが必要となります。ITのネットワーク効果や限界コストの低下をうまく活かしながら、大幅なコスト削減や生産性の向上を実現しなければ競争に生き残れません。90年代後半に起きたアメリカ経済の高パフォーマンス(インフレなき高成長)の背景には、このような事情があったのです。

▲ページのトップ
← 5-1
5-3 →