modern american economy
5-4. あなたはニューエコノミー肯定派?
担当:甲南大学 稲田義久
ところでIT革命を支える情報処理設備投資の深化はどのような成果をアメリカ経済にもたらしたかのでしょうか。これについて、アメリカ経済はニュー・エコノミーの時代を迎えたという見解があります。その根拠としては、アメリカ経済の生産性のトレンドが上昇した可能性、また規模に関して収穫が逓増したのではないか、さらには潜在成長率が高まったのではないかという点があげられます。
5-4-1 ニュー・エコノミー論の理論的・実証的背景
ニュー・エコノミーを説明する理論としては、ポール・ローマー(スタンフォード大学)たちの内生的成長論 (Endogenous Growth Theory)が重要です。この理論の特徴は、これまでの新古典派の成長理論においては当然のこととして前提とされていた、収穫逓減の法則、完全競争、技術進歩の外生化といった条件を見直したことです。新理論では、情報技術革新を成長の主要因と考えることにより、収穫逓増の法則、独占的競争、技術革新の内生化を前提とするようになりました。この考え方は、90年代のアメリカ経済の回復の有り様とあわせて考えれば、非常に説得的と言えるでしょう。
90年代後半でも政府や連銀等ではアメリカの潜在成長率は2.2%程度と考えられていました。実際は4%程度の成長を実現しているわけですから、この潜在成長率からの恒常的な乖離はインフレを加速するのではないかという懸念が当然出てきます。ところが、消費者物価指数で測ったインフレ率は加速するどころか、低いインフレ率で安定的に推移しました。このような状況から、アメリカ経済の潜在成長率は以前より高まっているのではないかと考えるのは自然です。これまでとは違う経済現象を説明するために、全米製造業界会長のジャシノフスキーはThe Rising Tide (John Wiley & Sons, 1998)という戦略的な論文集を出版しました。この論文集には、ペンシルベニア大学クライン名誉教授、ハーバード大学サックス教授、ノースウェスタン大学アイズナー教授たちが寄稿しており、いずれも米国の潜在成長率の上昇を容認する論調となっています。
5-4-2 ニュー・エコノミー否定論
これに対して、ニュー・エコノミーを否定する人も少なくはありません。ポール・クルーグマン教授やエコノミストのスティーブン・ローチはニュー・エコノミー論に懐疑的な論者の代表です。いずれも労働生産性のトレンドの上昇を認めず、他の要因を指摘します。すなわち失業率の低下にもかかわらずインフレが加速しない要因としては、世界的な過剰設備によるインフレの抑制効果や付加給付コストの抑制等が挙げられます。
5-4-3 ソロー・パラドックス
さてニュー・エコノミー肯定・否定論の一体どちらが正しいのでしょうか。結論を出す前に、ソロー・パラドックスについて説明しましょう。1987年MITのソロー教授はニューヨーク・タイムスで、「どこでもコンピュータ時代を見ることが出来るが、生産性の統計には見られない」と述べました。この意味は、コンピュータ投資が急拡大しているが、統計上に生産性の向上は表れていないではないかという意味です。このコメントに彼の名前を冠して、われわれはソロー・パラドックスと呼びます。
下の図には、非農業と製造業の労働生産性と設備・ソフトウェア投資が描かれています。設備・ソフトウェア投資は90年以降急速に伸びているのがわかりますが、非農業労働生産性が急速に伸びたとはいいにくいようです。すなわち、非農業労働生産性で見る限り、1987年のソロー・パラドックスは妥当するように思われます。しかし、製造業の労働生産性については、ソロー・パラドックスは妥当せず、労働生産性のトレンドは90年以降上昇しているように思われます。
一方で、製造業で生産性トレンドの上昇が見られ非農業では見られないのは、サービス部門の労働生産性が低下したことを暗示させますが、アメリカのサービス業の生産性の高さからすれば、これは非現実的な見方といえましょう。逆に生産性の統計には問題があることを示唆しているかもしれません。ただサービス業の生産性を測るのに多くの困難がともないます。
図5-4 ソローパラドックス
出所:Department of CommerceとDepartment of Laborのデータから計算
このような議論の後、ニュー・エコノミーを認める傾向は99年後半に入りめっきり増えてきました。例えば、連銀議長のグリーンスパンは議会証言で、アメリカの潜在成長率が従来の2%-2.5%から3.5%-4%程度まで上昇していることを示唆しました。このように生産性のトレンドが上昇したとみる見方がマーケットでも大勢を占めるようになって来ました。IT革命の効果(生産性のトレンド上昇)はタイムラグを伴い統計にも表れてきたというのが正しいと思われます。その意味で、やはりアメリカはニュー・エコノミーの時代を迎えたといってよいでしょう。