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modern chinese economy
5-2 郷鎮企業の発展
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史


5-2-1 郷鎮企業とは
 時期は少し後のことになりますが、郷鎮企業の発展について続けて説明しておきましょう。ここで郷鎮企業とは、旧人民公社時代において「社隊企業」と呼ばれていた付属機関を衣替えしたものであり、農村の集団経済組織、および農民個人が主として投資して郷鎮や村が起こした農村支援義務を負う企業を言います(1996年10月の「中華人民共和国郷鎮企業法」の定義)。中国では「所有制」がうるさくて少し複雑なのですが、当初、郷鎮企業は郷(村)や鎮(町)の共同所有形態に限定されていました。しかし1984年に個人企業・私営企業もカバーされ、現在に至っています。ここで所有形態は私有だが、従業員7人以下を個人企業、8人以上を私営企業、両者を合わせて民営企業と呼んでいます。もっとも私有制に対するイデオロギー的制約が厳しい時代には形の上だけ「集団所有制」となっている民営企業(「赤帽企業」と言います)も多かったようです。村や町に資金支援を行う代わりに名義のみ借りるというわけです。

 図5-4は、改革・開放以後の中国の工業生産額に占める国有企業部門と郷鎮企業の工業生産額の構成比推移を示したものです。部分的に統計の取り方の変更に原因があるのですが、1984年から郷鎮企業の工業生産シェアがにわかに増加していること、そして1990年代にそのシェアが飛躍的に拡大していることが図から読み取れます。既出の表5-2が示しているように、実は郷鎮企業が80年代後半からの中国経済成長の最大の牽引車になったのです。

図5-4 郷鎮企業と国有企業の工業生産シェア
図5-4 郷鎮企業と国有企業の工業生産シェア
注)
1983年までの郷鎮企業は郷・村営企業のみを対象、1984年からは全てを対象としている。

資料)
国家統計局編「中国統計年鑑」各年版。


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5-2-2 離土不離郷
 この郷鎮企業の成長を軸とした中国経済成長の最大の特徴は、「都市化なき工業化」であると言われています。改革・開放当初の中国では、農村に「下放」されていた青年の帰還により都市人口が膨張していたため、農民の都市部流入抑制が重要な政策問題でした。こうした中で、1984年1月の中国共産党中央委員会の第一号文件が出されます。それにより安定した職業と住居を前提として、集鎮(自然発生した町)への移住が認められました。もっとも、同年10月の国務院通達により「食糧の配給保証をしない」ことが追加条件となったため、これら移住者は特別の位置付けがなされました。ですから中国に一種の「グレーゾーン」が形成されたわけで、「農業から非農業へ移動するが、農村からは離れない(「離土不離郷」)」という中国ならではの農村工業化が展開されました。

 この郷鎮企業の成長により、農村部における非農業雇用が顕著に増加します。当初は3000万弱であった郷鎮企業就業者は、ピークの90年代央では実に1億3500万人へと拡大し、それは農村の就業者の4分の1に相当する数です。中国農村部に始めて非農業就業機会が創出されたのでした(図5-5)。また、2000年時点で中国のGDPに占める郷鎮企業付加価値構成比は30.4%、国家税収に占める郷鎮企業税収は27.5%、総輸出に占める郷鎮企業輸出は間接輸出を含めると42.0%となっており、雇用・付加価値面では外資系企業をも上回る存在となっています。

図5-5 郷鎮企業の役割
図5-5 郷鎮企業の役割
注)
付加価値は対GDP比、雇用は農村部就業者比、税収は国家税収比、輸出(間接輸出を含む)は対総輸出比。

資料)
中国郷鎮企業年鑑編輯委員会編「中国郷鎮企業年鑑」各年版、その他。



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5-2-3 郷鎮企業の地域偏在
 もっとも中国のあらゆる地域にわたって郷鎮企業が均等に成長したわけではありません。改革・開放後中国の成長地域は北京・天津・上海といった都市は別格として、基本的に東部沿海省に集中しており、郷鎮企業とて例外ではありません(表5-3)。特に山東、江蘇、浙江、福建、広東の5省がそのメッカと言ってよいでしょう。ですから同じ農村部でも地域によって勢いが異なっており、この郷鎮企業が創出した労働所得が農村収入の明暗を分けることになったのです。実際、中国の農村世帯収入格差は改革・開放後、持続的に拡大していきますが、そのかなりの部分はこの郷鎮企業の発展度合いの差によって説明できます(図5-6)。

表5-3 郷鎮企業の地域別構成(2000年)
 付加価値従業員数輸出
億元構成比(%)万人構成比(%)億元構成比(%)
全国27156100.012820100.08669100.0
東部1687062.1659351.4800992.4
中部793929.2434233.95566.4
西部23488.6188414.71041.2
資料)中国郷鎮企業年鑑編輯委員会編「中国郷鎮企業年鑑」2001年。

図5-6中国の農村世帯一人当たり所得と郷鎮企業の発展度(2000年)
図5-6中国の農村世帯一人当たり所得と郷鎮企業の発展度(2000年)
資料)
中国郷鎮企業年鑑編輯委員会編「中国郷鎮企業年鑑」2001年。
国家統計局編「中国統計年鑑」2000年。

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5-2-4 集団所有制企業の民営化
 話はずっと後のことになりますが、80年代後半から中国の成長をリードしてきた郷鎮企業も、90年代後半から低迷してゆきます。「作れば何でも売れる」時代が終わったからです。確かに90年代前半までは、安かろう悪かろうでも十分やっていけました。経営権移譲が不十分な国有企業が供給できないスキ間市場を狙って生産すれば、かなりの成長が可能だったのです。しかしその時代は終わりました。特に集団所有という「公有制」形態をとっていた郷鎮企業の業績は芳しくありませんでした。村の村長さんや共産党のリーダーの才覚に依存していた時代は終わり、いよいよ集団所有制の郷鎮企業も民営化です。社会主義改造によって1950年代にあとかたもなく消滅した「資本主義の尻尾」が再び活躍する時代が到来したのです。

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