modern chinese economy
7-4. モノ不足経済から過剰の経済へ:中国のデフレ
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史
7-4-1 中国経済の変調
東部沿海部に限定されますが、中国は都市部を中心として「沸騰する中国」に変貌しています。そのリード役の一つが外資流入と輸出ブームでした。しかし、それにもかかわらず90年代後半から三つの大きな変化が現れます。その第一は、1993年までの激しい景気循環が表面上見られなくなったこと、第二に、既に説明した「高失業率の時代」が到来したことです(9章を参照して下さい)。そして第三に、中国の潜在成長率が90年代前半までに比べると落ちているように見えるということです(
図7-6)。
図7-6 中国の実質経済成長率:期間平均
資料)国家統計局編「中国統計年鑑」2002年。
もちろん国際基準から言うと7%成長は高速成長の範囲に入り、分かり難ければ20年でGDPが4倍になる速度と考えていただければ結構です。この意味で、中国の成長は「高度経済成長」と言えます。しかし、この華々しいマクロの数字を一皮めくると、違った様子が見えてくるのです。次の
表7-10は1995年時点における中国の主要製品の設備稼働率(生産能力に対する実際の生産量)をまとめたものです。ちなみに1995年といえば、インフレーションに悩まされていたとはいえ、まだ中国が絶頂期にあった年で、当年の実質経済成長率は二桁の10.5%でした。この表によると、中国の主要製品の設備稼働率が著しく低いものであったことが分かります。特に、80年代後半からの中国の成長を支えた家電製品の稼働率の低さが目立ち、扇風機や暖房機といったものを除けば、ほとんどが6割操業を下回っています。そして二桁成長の年の平均稼働率は概ね60%です。明らかに90年代半ばを境にして中国は「モノ不足の時代」を終え、全般的な供給過剰の局面に入ったのです。その代表例が家電製品であり、その後メーカー間の値引き競争が恒常化していきます。
表7-10 中国の製品別稼働率(1995年) | 単位:% |
生鉄 |
95.1 |
|
衣服 |
69.7 |
|
冷蔵庫 |
50.4 |
暖房機 |
91.8 |
農用化学肥料 |
65.8 |
冷凍庫 |
46.2 |
扇風機 |
91.0 |
掃除機 |
62.8 |
カラーテレビ |
46.1 |
ポンプ |
86.6 |
ケーブル |
62.6 |
金属切削機 |
45.9 |
板ガラス |
85.1 |
成品鋼材 |
62.0 |
自動車 |
44.2 |
鋼 |
81.6 |
冷蔵庫用コンプレッサー |
58.7 |
洗濯機 |
43.4 |
タバコ |
81.2 |
製糖 |
56.7 |
化学原料薬 |
37.4 |
製紙 |
81.0 |
自転車 |
54.5 |
業務用冷蔵庫 |
34.9 |
化学繊維 |
80.8 |
食用植物油 |
52.6 |
エアコン |
33.5 |
セメント |
80.2 |
白黒テレビ |
52.3 |
パソコン |
13.4 |
ボイラー |
74.3 |
電話受話器 |
51.4 |
|
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資料)
第三次全国工業普査弁公司編「中華人民共和国1995年第三次全国工業普査資料匯編」1997年。 |
7-4-2 デフレの進行
この価格下落は決して特定製品や特定地域に限った特殊な動きではありません。
図7-7は中国の潜在GDPと現実GDPの乖離の程度を表す「産出ギャップ」の推計値とインフレ率の関係を図示したものです。これによると、中国のインフレ率は90年代後半から急速に低下していき、1998年からマイナス、つまり物価が下落する局面に入りました。日本と全く同じように、中国でも「デフレ」が進行しているのです。このように中国の成長は依然高速とはいえ、かつてよりもかなりペースダウンしていることは間違いありません(少なくとも全国ベースでの成長は終わりました)。そして、90年代前半までは考えられなかった「比較的高い成長下の物価下落」という珍しい現象を経験しています。
図7-7 中国のインフレ率と産出ギャップ
注)
インフレ率は消費者物価指数の対前年同期比上昇率、1987年以前は年次データより推計した。産出ギャップは現実の産出と潜在GDPの乖離率(対数ベース)。四半期実質GDPはT. Abeysinghe and R. Gulasekaran, Quarterly real GDP estimates for China and ASEAN, mimeo, 1999の推計値をCensus X-11法により季節調整した系列を使用し、産出ギャップは廣瀬康生・鎌田康一郎「潜在GDPとフィリップス曲線を同時推計する新手法」日本銀行調査統計局Working Paper 00-7、2001年6月による方法により推計した。
資料)
国家統計局編「中国統計年鑑」各年版、IMF, International Financial Statistics CD-ROM. |
その原因は諸説紛々であり、必ずしも定説というものが確立されているわけではありませんが、言われていることの一つは国有企業を中心とする過剰設備の存在です(
コラム:高度成長下の物価下落を参照して下さい)。一見したところ「高度経済成長」なのですが、内実は莫大な過剰設備を抱えているようで、国家経済貿易委員会等の調査によると2002年時点でも調査対象600品目中88%が過剰供給状態にありました。中国を観察する場合、マクロの数字だけを鵜呑みにすることの危険性を物語っていると言えるでしょう。
第二に、国有企業改革の遅れに伴う銀行不良債権累増と金融監督体制強化の影響が指摘されています。具体的には、90年代前半のバブル期に不動産関連融資で業容を拡大した一部銀行やノンバンクが、1998年に集中的に破綻しました。そのため金融機関相互間の信用不安が増幅し、一種の金融パニックが起こった模様です。また、中国国有商業銀行の不良債権が累増し、自己資本不足状態に陥りました。事態に対処するため、中国政府は公的資金を投入して自己資本不足を是正するとともに、1999年にその不良債権の買い取りを行いました。そして中国政府は不良債権削減要請・金融監督強化を進めています。ちょうど日本の「金融再生プログラム(2002年10月に竹中平蔵経済財政・金融担当大臣によって公表されたプランで、2004年度末までに大手銀行の不良債権を現在の半分に減らすことを目標に、(1)資産査定の厳格化と引当強化、(2)自己資本の充実、(3)ガバナンス強化、の三つを目指した政策パッケージ)」が中国において行われているようなものです。そのため国有商業銀行の融資態度が保守化し、金融面からデフレが増幅されていると言われています。
第三に、日本と同じように、国有企業のリストラと自己責任による社会保障制度への移行が将来不安を形成し、消費の低迷をもたらしてきました。特にこの要因は失業率が高い東北地区や長江流域の内陸部都市部では深刻のようです(詳細は8章を参照して下さい)。そして最後に1997年以降の農民収入の伸び悩みです(詳細は9章を参照して下さい)。
ただし、中国のデフレには、ほぼ全ての価格が低下するという日本のそれとは異なる面があることに注意して下さい。確かに工業製品や農産物価格の下落は深刻ですが、サービス価格(特に授業料)は逆に持続的に上昇しています。このように中国のデフレには60年代の日本と同じように一部、部門間のアンバランスが潜んでいるように思われます。
7-4-3 財政拡張路線への転換
a. デフレ対策
こうした深刻なデフレに対して、1998年より中国は金融引き締めから金融緩和への転換で臨みます。しかし、なかなかうまくいきません。確かに供給要因がデフレの基本原因であれば、単純に需要を喚起してやればインフレを招くことなく高成長が可能であり、その最も簡単な方法は「成長に見合うマネーサプライ増加」です。また、これが1995-2000年におけるアメリカの金融政策運営の基本路線でした。ところが中国における肝心の金融政策運営は銀行部門の与信を介したそれであり、その主力である国有商業銀行が不良債権の累増で苦悶していました。うっかり金融の手綱を緩めようものなら、国有企業というブラック・ホールにとめどもなくマネーが吸収されていきます。ですから国有商業銀行といえどもうかつに融資を増やせないのです。
このような苦境を打開するために新たに考え出されたのが住宅政策の変更でした。「住宅は国が供給するもの」という計画期の発想を改め、個人による住宅購入促進と住宅ローンの整備を進めていきます。そのため中国では1998年より住宅供給が非常に高率で増加していきます。戦後高度経済成長期の日本と全く同じように、「住宅ブーム」が起こったのです。
第二の政策転換は、「財政拡張路線への転換」でした。具体的には1998年から5年間で累計6600億元(9.9兆円)にのぼる国債発行を財源とする公共事業の拡大です。また、その一部は西部開発に戦略的に充当されています。さらに、1999年、2001年、2003年の三回にわたって公務員の給与引き上げが実施されました。なお、後者は公務員をターゲットとした実質的な減税の効果を持ちます。その結果、1998-2001年における中国の投資は、同期間における実質経済成長率7.5%を上回る年率9.6%の伸びを示します。実は、1998-2001年における中国の成長のうち45.2%はこの投資の増加によるものなのです。
b. 財政事情の悪化
しかし、その結果として中国の財政事情が急速に悪化しています。確かに国債発行残高は2001年末時点で1.56兆元、対GDP比16.3%と比較的小さいのですが(日本は2003年3月末で政府保証を含めて総額725兆円、GDPの145%に相当する政府債務があります)、国債を唯一発行できる中央政府の国債依存度(歳出と国債償還費の合計に占める国債発行額の割合)は既に60%程度となっており、財政悪化に苦しむ日本のそれを上回る状況にあります(
図7-8)。また、中央政府・地方政府を合わせた財政赤字(元利返済額を含む)は2001年でGDPの4.7%に上昇しており、2002年でそれは5%を上回った模様です(
図7-9)。金利が安い現状ではあまり問題は発覚しないかもしれませんが、なんらかの事情で国内金利が上昇すると、中国の財政は国債償還・利払い費膨張によりにっちもさっちもいかなくなる可能性があるのです。90年代の日本と同じように、財政一辺倒の路線もやがて限界に突き当たるのではないでしょうか。中国と日本では直面する問題や経済状況は全く異なりますが、経済活力の源泉はどの国、どの時代にあっても「民間経済の活力増進」が原則であり、またそれ以外にないようです。
図7-8 中国の中央政府国債依存度
注) |
中国の国債依存度(決算ベース)は国債依存度=100*債務性収入/{中央政府本級支出+利子・元本返済額}により計算した。日本(国債発行額÷{一般歳出+国債費})は予算ベース。 |
資料) |
中国は国家統計局編「中国統計年鑑」、中国財政年鑑編輯委員会編「中国財政年鑑」、日本は財務省HP等。 |
図7-9 中国の財政収支(中央・地方政府合計)
注) |
計数は予算内予算ベース。プライマリー・バランスは国債元利返済額を除いた財政収支。中国の財政収支は元利返済額を除いた(2000年以降は利払い分を含む)プライマリー・バランスに相当する計数が公表されているが、ここでは国債元利返済額を含めた国際基準による財政収支に組替えた計数を使用している。 |
資料) |
中国は国家統計局編「中国統計年鑑」、中国財政年鑑編輯委員会編「中国財政年鑑」。 |