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modern chinese economy
8-4. 中国の金融(その1)
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史


8-4-1 中国の金融システム
 次に中国の金融について説明してみたいと思います。すこし話しが長くなりそうなので、この節では中国の金融の仕組み特徴、およびその歴史的変遷に焦点を絞ることにします。

 一国の金融を鳥瞰する場合、「資金循環表」という統計を使うと便利です。資金循環表では資金のやり取りを(1)家計、(2)企業、(3)政府(中央・地方政府)、(3)金融機関(中央銀行である人民銀行を含む)、(4)海外、の五つの部門間の資金の流れで把握します。表8-4は1999年における中国の資金循環表を簡略化したもので、プラスは需要、マイナスは供給を表します。また、最下段の「資金過不足」とは、それがプラスであれば資金余剰、マイナスであれば資金不足を意味します。例えば、家計部門は1兆898億元相当の貯蓄超過=資金余剰があり、それは1316億元の銀行ローンを加えて現金・預金・証券・保険等で運用されました。

表8-4 中国の資金循環表(1999年)
単位 : 億元
  家計 非金融企業 政府 金融機関 海外
現金 1868.61 202.62 45.02 -2251.34 135.09
預金 7280.53 5053.07 918.64 -14186.91 939
ローン -1316.33 -9140.42 -265.27 11051.02 -329
証券 2491.61 -1028.07 -2767.87 1610.67 51
保険 572.87 25.93 -87.23 -511.56  
その他 0.79 -1531.75 -33.51 3297.11 -2094.31
貯蓄投資差額 10898.08 -6418.62 -2190.22 -991.02 -1298.22
注)証券は株式・社債・国債等からなる。プラスは需要、マイナスは供給を表す。ローンはローン債権のことであり、金融機関はローンの見返りとしてローン債権を購入するためプラス、借り手の家計・企業・政府・海外はマイナス表示されている。
資料)国家統計局編「中国統計年鑑」2002年。

 この表から次のいくつかの事実が浮かび上がってきます。第一に、中国における資金の出し手は家計であり、その資金を借りている主要主体は企業、政府だということです。なお、海外については別の章で説明することにして、ここでは省略します。

 第二に、その不足する資金を調達するため、企業は主として金融機関からの融資に依存しています。そしてそのローン資金は家計の預金を通じて銀行から供給されています。金融機関を介して資金が間接的に供給される仕組みを「間接金融」、株式のように企業が家計から直接資金を調達する仕組みを「直接金融」と言いますが、中国企業の主要な資金調達方法は「間接金融」です。

 第三に、その裏返しとして家計の貯蓄は証券ではなく、現預金で行われていることに注目して下さい。つまり中国の金融システムの最大の特徴は、日本と同じく「家計→銀行→企業」という間接金融なのです。

表8-5 投資資金の源泉(2001年)
単位 : 億元
  国有企業 集団所有企業 個人企業 株式制企業 外資系企業
総額 17606.97 5278.57 5429.57 5663.49 2998.69
 国家予算内資金 2163.63 291.42 0.85 83.17 4.88
 国内ローン 4073.12 586.27 406.67 1524.17 622.61
 外国投資資金 346.14 176.1 4.47 152.04 1048.53
 自己資金 8437.9 3154.08 4280.55 2851.34 1039.89
 その他 2165.9 1145.26 858.87 1632.78 688.1
資料)国家統計局編「中国統計年鑑」2002年。

 ただし、日本と異なり、中国の金融にはもう一つ特徴があります。それは銀行経由で資金を調達している(もしくはできる)企業は国有企業をはじめとする一部企業に限定され、郷鎮企業や民営企業はその蚊帳の外にいるということです。表8-5は投資資金がどのようにして融通されているかを所有制別にみたものです。これによると資金源泉中の「国内ローン」の大部分は国有企業および株式所有制企業によって占められ、郷鎮企業を含む集団所有制企業や個人所有企業による銀行ローン資金調達は多くありません。これら新しい部門は基本的に自己資金によって投資を行っているのです。

 その実態は必ずしも明らかではありませんが、その主要資金調達方法は自分で貯めた資金、親戚・縁者からの借り入れ、村民の資金のかき集め、さらには闇金融のようです(以下、これらを「私金融」と呼ぶことにします)。躍進著しい民営企業の多くは、こうした銀行経由の資金調達から弾き飛ばされていると言ってよいでしょう。なお、外資系企業の資金調達は親会社等からの借り入れおよび内部留保資金等が主力です。

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8-4-2 中国の銀行組織
 以上のように、中国の金融の仕組みは銀行を軸とした「間接金融」と「私金融」の並存という特徴を持っています。間接金融の中核に位置するのは銀行ですが、中国の銀行は(1)中央銀行である中国人民銀行、(2)四つの国有商業銀行(中国工商銀行、中国農業銀行、中国銀行、中国建設銀行)、(3)1994年の第二次金融改革により旧四大専業銀行(現行の四大国有商業銀行)から分離・独立した政策銀行(中国農業発展銀行、中国輸出入銀行、国家開発銀行)、(4)11の株式所有制銀行を含むその他等商業銀行、(5)外資系銀行、(6)都市信用合作社(2002年に都市商業銀行に改組、日本の地銀に相当)、(6)農村信用合作社(日本の農協に相当)、等からなり、これらのうち人民銀行、農業発展銀行以外の政策銀行および外資系銀行を除いた銀行が「存款貨幣銀行(預金を受け入れる銀行)」です。そして2003年3月以降、従来人民銀行の管轄下にあった「銀行監督管理委員会」が独立し、人民銀行を含めて全銀行を管理・監督する仕組みに移りました。その他の金融機関として証券会社、保険会社、投資信託等があり、これらは「ノンバンク(預金を受け入れない金融機関)」と区分されています。

表8-6 中国国有商業銀行の地位(2001年末時点)
単位 : 億元
  国有商業銀行 構成比(%) 預金受入金融機関
資産 101034.7 68.3 147826.8
 国外資産 5792.8 79.0 7334.2
 準備資産 10847.5 60.0 18065.2
 中央銀行券 0 0.0 5.7
 対中央政府債権 7660.8 69.6 11007
 対その他部門債権 72307.3 69.6 103957.1
 対ノンバンク債権 4426.3 59.4 7457.6
負債 101034.7 68.3 147826.8
 預金等 87670.4 66.8 131245.3
 対中央銀行債務 8358.2 88.5 9440.5
 対ノンバンク債務 2052.5 82.1 2499.8
 債券 370.7 99.9 371
 資本 4814.5 73.5 6551.9
 その他(ネット) -2231.6 97.8 -2281.7
注)国有商業銀行は四大国有商銀に加え、中国農業発展銀行を含む。構成比は預金受入金融機関各項目に対するシェア。
資料)中国金融学会編「中国金融年鑑」2002年。

 しかし、銀行部門において四大国有商業銀行のプレゼンスは圧倒的です。実際、銀行全体に占める四大国有商業銀行のシェアは中央政府以外の部門に対する貸出では69.6%、預金等のシェアは66.8%でした(表8-6)。そして貸出の9割は国有企業向け融資です。またこれら四大商業銀行の従業員数は2001年時点でも152万人と、全国内銀行従業員の81%を占めています。日本の銀行は大手行でもせいぜい1-2万人ですので、中国の国有商業銀行がいかに大きい存在かが理解できるでしょう。このように中国の間接金融は、四大国有商業銀行が3分の2の預金を集め、そのほとんどを国有企業に貸し出すというスタイルです。

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8-4-3 歴史的経緯
 こうした中国の金融システムは改革・開放後に形成されたことは既に説明しました(第6章を参照して下さい)。簡単におさらいすると、1984年の第一次金融改革により、中国は改革・開放後徐々に進めていた「撥改貸(財政部による一元的資金配分体制から銀行を軸とする間接金融への改革)」を全面展開しました。そしてこれが現在の人民銀行・四大国有商業銀行体制の起源です。しかし、当時は商業ベースというよりは政策融資の色彩の強い「専業銀行」時代でした。また、預金が貸出需要に比べて不足していたため、その差額は人民銀行が補填していました。ですから銀行貸出は「預貸差額管理」といって、もっぱら人民銀行地方支店が設定する貸出枠によりコントロールされていました。人民銀行の融資によって法定準備を上回る巨額の超過準備が存在し、しかもそれには利息が付いています。ですから銀行は準備預金金利を上回る金利であれば、常に準備を引き出して貸出を行う誘因があります。その歯止めが「貸出枠」だったのです。

 ところが中国は、現在でもそうであるように共産党・行政の影響力が非常に強い国です。銀行も例外ではなく、人民銀行地方支店に対する党・行政の隠然たる政治圧力が働いていました。ですから人民銀行本店の指示は無視されがちであり、これがまた90年代前半までのインフレーションの温床となってきたのです。加えて政策融資は貸出の採算性をしばしば無視して行われます。銀行の生命線は「貸出資産のリスク管理」なのですが、中国の銀行はその能力が形成される以前に、「政治」によって預金という貴重な資金の配分機能を歪められてしまったのです。そのツケが現在でも残存する莫大な不良債権です。

 こうした専業時代の欠陥を是正すべく、1994年に財政・外国為替市場改革と平行して第二次金融改革が実施されました。これを受けて翌1995年には中央銀行としての人民銀行の地位を謳った人民銀行法、商業銀行法、政策融資業務と商業銀行業務を分離するために政策銀行設立等が施行されていきます。中国の金融システムがようやくなんとか形になってきたのです。

 ただし、人民銀行行長(中銀総裁のこと)は国務院に帰属する閣僚ですので、中央銀行の独立性は必ずしも担保されていないことに注意しましょう。ましてほとんどの主要銀行は国有もしくは国家が主要株主である株式制銀行ですので、そのトップの人事権もやはり政府に帰属します。中国の金融は依然国家の影響力が強く、この意味では計画期と少しも変わりありません。

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