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modern chinese economy
8-5. 中国の金融(その2)
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史


8-5-1 部分預金準備制と金融調節
 一般に一国の資金需給の繁閑は中央銀行の「金融調節」によってコントロールされています。この金融の繁閑を左右する政策を「金融政策」と言い、中国の場合、人民元を唯一発行可能な人民銀行がこの任務に当たっています。第二に、中央銀行を頂点とする銀行組織は「預金決済」という重要な機能を持っています。そして、この二つの機能が「セントラル・バンキング」です。この節では前者の「金融調節」に焦点を絞っていくつかのポイントを説明します(銀行決済網の管理・運営という側面は省略します)。

 例えば日本の場合、中央銀行である日本銀行が金融市場の繁閑に関与するため、「オペ(operationの略、金融操作という意味)」という資金需給調整を行います。その基礎が「部分預金準備制度」です。銀行が受け入れた預金の一定割合を無利息で中央銀行に預ける義務を法的に課す仕組みがそれです。中央銀行に預ける預金を「準備預金」とか「中央銀行預け金」と言いますが、それは無利息であるため、必要以上に預けると損です。また準備預金を積むための資金が不足する場合もあるでしょう。こうした準備を積む、あるいは不要な短期資金を銀行間で融通しあう場を「銀行間短期金融市場」と言い、日本では「コール市場」がそれに相当します。ここで「コール(call)」とは文字通り「呼ぶ」という意味であり、呼んだら資金が返ってくるほど短い期間での資金のやり取りであるのでそのように呼ばれています。そしてコール市場で成立する金利が「コール・レート」です。

 このコール・レートは銀行の貸出態度を決める重要な金利です。預金を受け入れて所要準備を積んだ残りが貸出可能資金ですが、家計や企業に貸すのではなく他の銀行に貸し出しても利息を稼ぐことが可能です。その銀行に貸し出す金利がコール・レートですので、それが低下したとき初めてその他の非銀行部門に貸し出すことが有利になります。その結果、コール・レートの低下は銀行貸出を増加させて、経済全体の景気を改善します。また、その結果として貸出金利はもとよりその他の金利も一般に低下するため、支出が刺激されて景気を良くする働きを持ちます。

 このように一国の資金需給の繁閑はコール・レートを起点としており、中央銀行の金融政策はこのコール・レートへ影響力を行使することによって行われています。例えば中央銀行が景気を良くしようとすれば、まず銀行の保有する証券(手形・国債等)を買い入れ、その代金を中央銀行に開設されている「準備預金」口座に振り込みます。ところが準備預金そのものは無利息ですので、そのままにしておくと損です。ですから銀行は所要準備だけを残してその他の遊んでいる資金をとりあえずコール市場で運用しようとします。その結果コール・レートが低下し、このコール・レート低下により銀行貸出増加や金利全般の低下が促されていくわけです。

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8-5-2 中国の預金準備制度
a. 異常に多い準備預金
 中国は日本やその他の国と同じように「部分預金準備制」を採用しています。第二に、一部金利および貸出金利の上乗せ部分を除き、中国の貸出・預金金利はすべて人民銀行がコントロールする「規制金利」です。日本のように市場の需給を反映して自由に金利が変動する仕組みにはなっていないことに注意して下さい。そして第三に、日本と異なり中国の準備預金には利息が付きます。最後に「預貸比率規制」といって、商業銀行はその貸出を預金の75%以下(信用社の場合、70%以下)に押さえ、残りを準備預金や証券、他の金融機関貸出等で運用することが義務付けられています(預金引き出しに備えた流動性対策と考えて下さい)。

 最初に中国の預金準備率について簡単に説明しておきます(中央銀行と市中銀行の関係ならびに専門用語についてはコラム:銀行部門のバランスシートと貨幣(信用)乗数を参照して下さい)。その最大の特徴は「異常に多い準備預金」という現象でしょう。実際、銀行の保有している準備預金残高は2002年末時点で約2兆元、これは予算外予算収入を含めた中国の国家財政収入とほぼ同額です。

図8-11 中国の法定準備率と実際の準備率
図8-11 中国の法定準備率と実際の準備率
注) 実際の準備率(1)は銀行準備÷{普通・定期・貯蓄預金}により計算した計数、実際の準備率(2)は分母にその他預金(外貨預金を除く)を加えた計数。
資料) IMF, International Financial Statistics.

 中国では伝統的に預金準備率が非常に高かったという歴史的経緯があります。試みに中国の準備率を計算してみると、図8-11のようになります。第一次金融改革以後の中国の預金準備率規制は20-40%の法定準備率からスタートしました(都市部家計預金は40%、企業預金は20%、農村預金は25%)。そして1985年にそれは10%へ統一され、1987、1988年にそれぞれ12%、13%へ引き上げられます。しかし、図を観察すれば明らかなように、当時の実際の準備率はそれをはるかに上回る時に40%以上の水準にあり、明らかに超過準備が存在していました。なお、この準備率が低下したときが金融緩和期、逆に上昇したときが金融引締期です(「準備=預金−人民銀借入れ−貸出」という関係があります)。特に1989年の天安門事件勃発時の超インフレ期に強力な金融引き締めが実施され、準備も法定準備預金に加え、支払い準備金(「備付金」と言います)という追加的な準備が最高7%、最低5%の率で追加されました。図ではこれがシャドウの横線で表されています(法定準備率とこの追加準備率の合計で図示しました)。実際、1998年3月まで続いた中国の法定準備率は備付金を加えると18-20%ですので、かなりの高率と言わなければなりません。ちなみに現在の日本の法定準備率は平均0.6%程度です。このように、第一次金融改革からごく最近まで中国の法定準備率は異常に高い水準で推移してきました。

 しかし、この異常に高い法定準備率政策は1998年3月以降、制度上は是正されていきます。それまで要求されていた「備付金」が廃止、法定準備率に一本化され、また法定準備率も8%に引き下げられました(1999年11月にさらに6%へ引き下げられています)。もっとも、減少傾向にあるとはいえ法定準備率を上回る超過準備はその後も残存しています。一つに、例えば人民銀貸出し抑制によって急激に超過準備を解消すると金融が大幅に引き締まるおそれがあるため、一挙にそれを解消することが難しいのかもしれません。第二に、近年、金融機関に対する財務内容改善命令・金融監督強化が進んでおり、銀行も安全志向が強まっていると言われています。特に近年、75%の預貸比率規制水準以下に貸出を抑制する金融機関が非常に多くなっています。そのため、意図的に準備を積み上げているのかもしれません。いずれにせよ準備金に利息を付けるという中国独特の制度により、準備預金が銀行にとっていわば「駆け込み寺」になっているように思われます。

b. 中国の貨幣乗数
 中国の金融現象のうち、ひときわ目を引くのは(1)高いマーシャルのk(マネーサプライの対GDP比のこと)、(2)低い貨幣(信用)乗数の二つです。前者について見ると日本は現在1.3倍強ですが、中国では既に1.8倍近くになっています(6章を参照して下さい)。中国では貯蓄率が非常に高いことに加え、一般大衆の唯一の資産運用手段が現預金であるため、「貨幣の価値貯蔵機能」が異常に膨らんでいると考えられます。

 これに対して、「貨幣乗数」が異常に低い事実はあまり一般には知られていません(貨幣乗数についてはコラム:銀行部門のバランスシートと貨幣(信用)乗数を参照して下さい)。試みに2001年末時点における中国の貨幣乗数を計算してみると、4.83でした。近年、現預金比率の上昇・超過準備創出により日本の貨幣乗数は10を上回る水準から直近では7程度まで低下していますが、中国の貨幣乗数は日本ばかりか国際的に見ても低いようです(東アジアではマレーシアと並んで最低水準にあります)。

 その謎解きの鍵は「異常に高い預金準備率」です。現在における中国の法定準備率は6%ですが(2003年9月末より7%へ引き上げ)、実際の準備率は単純計算で13.6%と、法定準備率の倍以上の水準になります。なお、現預金比率12.5%は日本のそれ(約12%)と大差ありません。

 しかし国民から集めた預金資金が収益を生む産業投資ではなく、「準備預金」という人民銀行預け金で大量に運用されるというのもあまり健全とは言えません。肝心の利息は2.07%(2001年時点)と低利であり、GDPの2割に相当する資金がこのような低い金利で運用される姿はやや異常に映ります。いずれにしても、少ない準備で効率よく金融を動かすことがセントラル・バンキングの要諦です。中国の金融システムはこの課題に答える時期にさしかかっていると言ってよいでしょう。

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8-5-3 中国の金利と金融調節
a. 中国の金利
 中国の悩みの一つは、中央銀行である人民銀行の「間接コントロール」が非常に難しいということでした。その理由は(1)慢性的な超過準備が存在していたことに加え、(2)金融調節の起点となる銀行間短期金融市場があまり発達していなかたことが挙げられます。日本やその他先進国に見られるような「銀行間短期金融市場への影響力行使」という金融政策の基本的前提が必ずしも確立されていなかったのです。

 図8-12は中国の金利体系の推移を図示したものです。ここで一口に金利と言ってもその内容は多様であり、主要なものとして(1)銀行が預金を受け入れる場合の「預金金利」、(2)銀行が企業や家計に貸出しを行う場合の「貸出金利」の二つがあります。しかし図にはさらに(3)人民銀行が市中銀行に直接貸出しを行う場合の金利である「公定歩合」、(4)中国独特の金利である「準備預金金利(市中銀行が人民銀に預けている準備預金の金利)」を示しました。そしてこれら四つの金利はすべて人民銀行によってコントロールされています。また図には(5)コール・レートという銀行間短期金融市場金利が示されています。この最後のコール・レートが金融調節の目標となる金利です。

図8-12 中国の金利
図8-12 中国の金利
資料) 中国金融学会編「中国金融年鑑」

 ここで中国のコール市場は1986年頃に地域的に発生したと言われていますが、1993年の高インフレ期にバブル退治の一環として一時閉鎖された後、1996年より再開されています。しかしコール市場取引は資金の出し手が大手の四大国有商業銀行、借り手があまり信用度の高くないその他中小銀行・証券会社等であるためあまり活発とは言えません。この信用度の壁を打破する新しい取引が近年急速に拡大しています。「債券レポ取引」と呼ばれる取引がそれです。ここで債券レポとは資金借り入れの担保として国債を提示し、これを将来買い戻すもしくは売り戻すことを条件とした短期の資金貸借取引です。ということは国債という非常に高い信用力を持つ資産が担保代わりとなりますので、取引相手の信用度という障害を乗り越えることが可能です。図には示されていませんが、この債券レポ取引に適用される金利はコール・レートとほぼ同調して動いていますので、ここでは銀行間短期金利をコール・レートで代理しています。

b. 中国の金利体系
 さて、図によると中国の金利体系は「貸出金利>公定歩合>準備預金金利>預金金利」という階梯構造となっています。第二に、1998年3月以後中国の金利は急速に低下しています。アジア危機を背景に中国でもデフレ圧力が増大したからです(同年より中国の物価上昇率はマイナスとなりました)。中国において「超金融緩和時代」到来したのです。

 こうした中で中国の金利体系にいくつかの特徴が観察されるようになりました。その第一は、近年人民銀行の貸出金利である公定歩合が銀行間の短期金利、つまりコール・レートを上回っていることです。人民銀行の金融調節手段が伝統的な直接貸出から債券レポにシフトしたため、日本と同じように中国では公定歩合が形骸化しているのです。

 第二に、中国の金利体系は「準備預金金利」を中心に形成されているように見えます。まず準備預金金利は短期の預金金利よりも高い水準で推移してきました。なぜ中国では準備預金に利息が付くかは定かではありませんが、その理由の一つとしてかつて銀行組織が新設されたとき、銀行に対する公衆の信頼性が低かったために貸出に比べて預金が不足するという時代がしばらく続いたことが考えられます。準備預金に預金金利よりも高い利息を付けることによって、銀行に預金獲得の誘因を与えるわけです。

 他方、準備預金金利はコール・レートの下限を形成しているようです。コール・レートがそれを下回ると人民銀行の準備預金で資金を運用した方有利となるからです。そしてコール・レートが1998年以降大幅に低下した理由として、同年3月における準備預金金利引下げと超過準備率規制の撤廃が大きかったように思われます。超過準備の運用先として銀行間短期金融市場が選択されたわけです。

 しかし第三に、人民銀行の金融調節の効果は依然、定かではありません。確かに銀行間短期金利は大幅に低下し、そのフロアーを形成する準備預金金利との差はわずか0.25%にまで縮小しました。つまり中国の銀行間短期金利は日本で言うところの「ゼロ金利」に近い状態に接近しているのです。ところがこうした大幅な金融緩和政策が貸出し増加につながったかというと必ずしもはっきりしません(少なくとも貸出の対GDP比は1998-2001年において大きく鈍化しており、また預貸比率も規制水準を下回っています)。そして最も重要なことは、預金準備率規制緩和にもかかわらず大幅な超過準備が残存しているということです(図8-11を参照して下さい)。貸出を行えば5%を上回る利息が得られるにもかかわらず、コール・レートが準備預金金利とあまり異ならない水準に低下しただけで、法定準備の倍以上の準備預金が積まれているのはどうわけでしょうか。やはり1998年に問題化した銀行不良債権と経営健全性強化の影響がその背後にあるように思われます。実際、政府・ノンバンク以外の部門に対する銀行貸出等の状況を観察すると図8-13のようになっています。大幅な金融緩和政策にもかかわらず、2002年前半まで中国の銀行貸出伸び率はそれまでの実績に比べて大きく鈍化していることが分かります。

図8-13 中国銀行部門の与信伸び率(対前年同期比、%)
図8-13 中国銀行部門の与信伸び率(対前年同期比、%)
注) 政府・ノンバンク以外の部門に対する与信残高伸び率。
資料) IMF, International Financial Statistics.


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8-5-4 銀行健全性の確保
a. 中国銀行業の課題
 中国銀行業の最大の課題は、金融機関の健全性確保と効率的な産業金融システムの確立と言ってよいでしょう。既に何度も触れたように、中国の金融の最大の失敗は銀行を国有企業の救済マシーンに変質させてしまったことでした。もちろんその背後には「政府−国有企業−国有商業銀行」という三者関係があります。預金という貴重な資源を成長産業に配分していくことが銀行本来の役割であり、それこそが資本市場の脆弱な段階における産業金融本来の姿のはずです。いまでこそ日本の銀行はその機能が麻痺状態にありますが、少なくとも高度経済成長期の日本の銀行はこの歴史的役割を立派に果たしてきました。問題だったのはその歴史的役割を終えた後の新たな銀行業への転換であり、現在の日本の問題の根はまさにこの点にあります。これに対して、中国の銀行システムの欠陥はその歴史的役割を果たす以前に起こった問題です。成長産業への資金配分という理念とは裏腹に、「収益性が持続的に低下する国有企業向け融資への傾斜」という問題を抱えてきたのです。そのため、多額の不良債権に悩まされてきました。これでは銀行失格です。

b. 1998年以降の金融改革
 90年代初頭より問題は意識されていたのですが、本格的な取り組みは1998年からとなり、その契機は同年に国務院総理に就任した朱鎔基(Zhu Rongji)の三大改革(国有企業・金融・行政改革)でした。

 具体的には(1)1998年に大幅な金融緩和へ転換、(2)不動産関連融資でつまずいた海南発展銀行や地方政府傘下信託投資公司等の破綻・整理、(3)銀行自己資本不足を是正するため、2700億元の公的資金を投入、(4)資産査定強化、(5)貸出枠規制の撤廃と資産・負債総合管理の徹底、等が実施されました。また(6)翌1999年には四つの資産管理公司が設立され、総額1.39兆元の四大国有商業銀行不良債権が「額面」という破格の条件で買い取られました(日本の整理回収機構の場合、せいぜい額面の10%の価格での買い取りであり、比較的銀行に有利な買い上げとされている韓国の場合でも3分の1程度の値段です)。ちなみに同年の国家財政収入は1.14兆元でしたので、この不良債権買取りがいかに大規模なものであったかが分かります。

 しかし、この買い上げた不良債権は1995年の商業銀行法施行以前に発生した部分に限定されています。それまでは「専業銀行」という国家機関が作った債権の不良化であり、責任は国にあるとの理由からであったと言われています。

 一方、商業銀行転換後も不良債権は累増しました。伝えられるところでは四大国有商業銀行の不良債権の対貸出比率は2003年6月末で22.19%、3政策銀行・11株式制銀行を含めたレベルでは19.6%、総額2.54兆元(対GDP比25%)です。ちなみに日本の銀行不良債権は2003年3月末時点で総額45兆円、対GDP比9%ですので、中国の銀行不良債権規模がいかに大きいかが分かります。また、国際金融業務を営む中国銀行を除けば、その他の三国有商業銀行の自己資本比率は国際基準である8%に達していません。もっとも中国の国有商業銀行は最初から「国有化」されていますので、日本のようににわかに信用不安が起きるわけではありません。

 しかし、その健全化の課題は避けて通れない道です。2003年3月の第11期全人代において中央政府管轄大型国有企業の管理は「国有資産監督管理委員会」に、また金融監督業務は人民銀行から「中国銀行業監督管理委員会」にそれぞれ移管されることが決まりましたが、国有企業改革と一体化した「不良債権削減」、「財務内容健全化」、「金融監督強化」の基本方針は今後とも強まりこそすれ、弱まることはないでしょう。

c. 健全化政策の影響
 この不良債権処理・金融監督強化の流れは、日本と同じように中国の四大国有商業銀行の業務に多大の影響を及ぼしているようです。日本のように株価・地価暴落がない分救われていますが、こうした当局による圧力は銀行の「貸し渋り」「安全志向」をもたらす可能性が強いからです。事実(1)1998年より銀行は相対的に貸出を抑制して国債を大量に消化してきた、(2)1998年以降の強力な金融緩和にもかかわらず、人民銀預け金はあまり大きく減っていない(法定準備率の2倍以上の準備が存在する)、(3)短期銀行間レートが大幅に低下し、ベンチマークの準備金金利との差がわずか0.25%になってしまった(実質的に日本の「ゼロ金利」に近い状況が現れている)、等の現象が見られます。銀行ローンのカットと国債等の安全資産への資金の付け替えというクレジット・クランチ(貸し渋り)特有の現象をデータで明確に確認することは困難ですが、少なくとも2002年前半まではその兆候が随所に見られるようです。

 しかし2002年後半から、銀行の貸出伸び率がにわかに上昇してきました(表8-7)。一つに旺盛な耐久消費財ブームに便乗した自動車・住宅ローンの拡大がありますが、都市化の進展と北京オリンピック開催決定を見越した不動産ブームが再熱しており、それを銀行が煽っているのではないかとの懸念がささやかれています。いずれにせよ「政府−国有企業−国有商業銀行」という鉄の三角形が残存する限り、国有商業銀行の経営健全化の課題達成は容易なことではありません。それは息の長い課題と言うべきでしょう。

表8-7 中国の資本市場の規模(億元)
単位 : 億元
株式 企業債 国債 銀行貸出増加額
資金調達額 時価総額 流通額 発行額 残高 発行額 残高
1993 276.41 3531.01   235.84 802.4 381.31 1540.74 6335.4
1994 99.78 3690.61 968.89 161.75 682.11 1137.55 2286.4 7216.62
1995 85.51 3474.28 938.22 300.8 646.61 1510.86 3300.3 9339.82
1996 294.34 9842.38 2867.03 268.92 597.73 1847.77 4361.43 10683.33
1997 856.06 17529.24 5204.42 255.23 521.02 2411.79 5508.88 10712.47
1998 778.02 19505.64 5745.59 147.89 676.93 3808.77 7765.7 11490.94
1999 896.83 26471.17 8213.97 158 778.63 4015 10542 10846.36
2000 1498.52 48090.94 16087.52 83 861.63 4657 13020 13346.61
2001 1182.15 43522.2 14463.17 147 1008.63 4884 15618 12912.9
資料)中国証券監督管理委員会編「中国証券期貨統計年鑑」2002年。


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8-5-5 資本市場の整備
 家計が企業や政府の発行する証券(株式・債券)を直接購入することにより資金調達を行う場を「資本市場」と言います。表8-7は中国の資本市場の規模を整理したものです。ここで代表的な証券として株式(上海・深?市場)、企業債、国債の三つを取り上げました。また、参考として代替的な資金調達源である銀行貸出増加額も示されています。この要約表が示しているように、中国の最大の資金調達源は銀行融資であり、株式発行等で調達された資金総額は2001年時点でも全銀行ローンの9.2%しかありません。まして企業債発行による資金調達額は銀行ローン増加額のわずか1.1%で無視しうるほどの大きさです。このように中国の企業金融の主役は既に説明したように銀行ローン(および私金融)であり、株式・社債の役割は限定的です。

 もっとも株式の時価総額(発行済み株式を市場価格で評価した額)は2001年末で4.4兆元(約65兆円、対GDP比45.4%)と、日本に続いてアジア第二(第三位は香港)の大きさがあります。ただしそのうちの3分の2は国家保有株・国家持ち株会社保有株で、流通しておりません。実際に投資家の投資対象となるのは残り3分の1の1.5兆元弱であり、規模的には国債発行残高とほぼ同額です。

 こうした「公開市場」を通じた直接金融は一般投資家を相手とした取引となるため、どうしても資金調達企業の信用度や取引に関わる法制度等が問題となります。そのため対象企業は優良企業、そして財務情報等の多くの企業情報のディスクロージャー(情報開示)が前提となります。また、投資家を保護するための様々の法制度やその履行が前提で、一般に発展途上国はこうした前提条件を欠くために、資本市場を通じる資金調達、つまり直接金融の役割が低くならざるを得ないのです。

 しかし、銀行部門経由の間接金融が目詰まりを起こしている現状では、その代替的な資金パイプとしての直接金融の役割に、関心がいやが応にも高まらざるをえません。また、92年の「社会主義市場経済」路線が正式に中国共産党の方針として確定した後、国有企業改革の方向性は「株式制改造」へと移行しました。さらに、上場取引ではありませんが、「民営化、民営化」と叫ばれる昨今、統計数字以上に株式の役割は大きくなっている模様です。村の共同所有形態の企業株が経営者や第三者に売却されて経営権が委譲される取引、企業の合併・買収に伴う株式売買等も立派な株式取引です。また、新規に株式制企業を設立する機運もますます高まっています。

 こうした経済情勢の変化にもかかわらず、中国の資本市場整備は依然遅々としているようです。(1)上場企業といえども粉飾決算が横行している、(2)株式市場ではインサイダー取引を始めとして多くの不正取引が蔓延している、(3)いくら法制度はあっても実行が伴わない、等です。また、「債権踏み倒しは日常茶飯事」、「財産権という概念そのものが希薄」といった現状では社債市場の発達は見込み薄でしょう。売掛債権を踏み倒すことが当然というビジネス慣行から改めていく必要があります。

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