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modern chinese economy
9-2. 国有企業改革の痛み
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史


9-2-1 下崗の嵐
 民営化とは聞こえがよいのですが、その裏返しは国有部門従業員のリストラでした。ただし、元の企業との雇用契約が完全に切れてしまうと、従業員の職業履歴書である「档案」は公的機関に移り、「失業者」のレッテルが貼られてしまいます。そこで雇用契約は一応続いているという体裁をとった解雇が行われました。これを「下崗(シャーカン)」と言います。

 具体的には3年を期限に企業内に設置された再就職サービスセンターに席を置くという体裁をとり、僅かばかりの手当を支給されて再就職の機会を探すことになります。ただし、形式上は籍があっても、元の職場に戻れる見込みはありません。そして期限が切れると、再就職していない限り「失業者」に地位を転じます。

 表9-1は都市部の登録失業者、下崗の規模を整理したものです。下崗そのものは1993年から発生していますが、1995年頃からその規模が拡大し、登録失業者も含めた総失業者数は概ね1400-1500万人に増加しました。中国の公表している失業率は登録失業者しか対象としていませんので、実質的な解雇である下崗を含めると、中国の失業率は7%台となります。また、登録失業者や下崗として記録された者以外にも失業者がいるようなので実態はさらに悪くなるようです。

表9-1 中国の都市部失業単位:万人
登録失業者 未就職下崗 下崗累積数 再就職数累計 新規下崗 下崗減少数
1993 420.1 150 300 150 300 150
1994 476.4 180 510 330 210 180
1995 519.8 282 894 612 384 282
1996 552.8 534 1504 970 610 358
1997 576.8 995 2405 1410 902 440
1998 571.0 877 3144 2267 739 857
1999 575.0 937 3925 2988 781 715
2000 595.0 911 4437 3527 512 545
2001 681.0 742 4720 3979 283 452
2002 770.0          

参考:失業率
登録失業率実勢失業率
19932.63.53
19942.83.86
19952.94.47
19963.05.90
19973.18.51
19983.17.86
19993.18.15
20003.17.85
20013.67.52
20024.0 
資料)丸川知雄「シリーズ現代中国経済3:労働市場の地殻変動」名古屋大学出版会、2002年、pp.67, 77。
2001年は国家統計局人口和社会科技統計司・労動和社会保障部規制財務司編「中国労動統計年鑑」2002年。

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9-2-2 都市の貧困
 もっとも、この下崗の嵐も2000年頃に一応の峠を越え、事態の深刻度はかつて程ではなくなっています。残る問題は、ストックとしての失業者の再雇用先確保と、それまでの生活保障です。ところがその失業者の再雇用先確保が難航しています。表9-2は2000年時点における省・市別失業率です。これによると、中国の失業は地域によって著しく偏在していることが分かります。

 こうした高失業率地域におけるリストラされた労働者の生活は非常に厳しいようです。下崗により労働者は若干の生活費が支給されますが、それだけではとても食べていける額ではありません。また、もらえるだけでもまだましかもしれません。失業者に転落すると失業保険金が支給されるはずですが、どういうわけかその失業保険金給付を受けているのはごく最近まで全体の2分の1程度でした。中国の失業保険制度は1986年に国有企業従業員のみを対象とした制度からスタートしましたが、失業保険制度の不備は明らかであり、こうした社会情勢に押されて中国政府は1999年1月に全ての都市部労働者を対象とした新しい「失業保険条例」を公布します。

表9-2 中国の地域別失業率(2000年) 単位:%
全国 7.2
遼寧 18.1 河南 9.5
湖南 17.2 山西 8.9
青海 17.1 広西 8.6
黒龍江 16.9 海南 7.5
吉林 16.1 内蒙古 6.7
江西 15.0 新疆 6.6
湖北 15.0 上海 6.5
重慶 14.2 河北 6.3
四川 12.5 江蘇 6.1
陜西 12.5 山東 5.9
天津 12.3 浙江 5.1
安徽 11.9 広東 5.1
甘粛 11.2 雲南 4.0
寧夏 10.9 福建 3.9
貴州 10.1 北京 2.7

注)失業率=(登録失業者数+一時帰休者数)÷(都市就業者数+登録失業者数―都市部農民就業者数)。
資料)丸川知雄「シリーズ現代中国経済3:労働市場の地殻変動」名古屋大学出版会、2002年、p.92。

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9-2-3 社会保障制度改革
 第二に、国有企業民営化は従来国有企業が抱えていた「社会保障制度」の崩壊を意味します。国有企業が丸抱えしていた年金・医療制度の社会化の必要性が否応無く高まりました。また、改革の深化により割を食った人たちが激増する中で、都市部の貧困がクローズアップされます。そのため中国政府は、失業保険制度に加えて次のような社会保障制度改革を実施しました。
(1)全国統一方式による年金制度
1997年7月に全国統一方式による年金制度がスタートしました。具体的には、退職年金の場合、企業が賃金総額の20%を上限に「社会統一徴収基金」に拠出する「基礎年金」と、加入者が「個人口座」に積み立てる「個人口座年金」の二本立てとなっており、前者は日本と同じ賦課方式により、後者は個人の積み立てにより年金を受け取る仕組みです。企業からの拠出を高くすると、企業のコスト負担増となるため、個人口座年金を創設してその負担を軽減しようとのアイデアでした。
(2)全国統一方式による医療保険制度
1998年11月には、やはり全国統一方式による医療保険制度が確立されました。
(3)都市最低生活保障
1999年10月に中国政府は「都市最低生活保障条例」を公布・施行しました。その対象者は短期間で急増し、2003年時点で2000万人に達している模様です。

 しかし、制度加入者は増えても肝心の保険料払込がありません。例えば個人口座といってもその中身の多くは「空口座」であり、やむをえず社会統一徴収基金からの流用が行われています。また、基礎年金にしても加入者による保険料払込が必要であり、業績の芳しくない企業は敬遠します。結局のところ基金不足は国庫からの補助に頼らざるをえないのが現状ですが、何分その国庫そのものが現在、火の車です。

 同様に最低生活保障といっても失業保険と同じで、実際に生活費支給を受けている人はあまり多くありません。改革・開放により豊かな生活を享受できる人がいる一方で、農村ばかりか都市部においても社会の底辺に落ちる人たちが激増しているのが今日の中国なのです。

 加えてその社会保障費用の負担が重要です。図9-2は2000年時点における中国の地域別失業率と地方政府が実施している社会保障補助金支出(都市戸籍人口一人当たり金額)との関係を示しています。当然ですが両者の間に密接な関係があり、失業率が高い地域ほど社会保障に対する政府補助金支出が高くなる傾向があります。そして近年、その補助支出が激増しています(表9-3)。

 しかし、その財源は誰が賄っているのでしょうか。残念ながら、教育・衛生分野と同様に、再び中国の地方分権化の弊害が現れます。確かに中央政府はここ数年社会保障関連支出を増やしているのですが、とても足りる額ではありません。中央財政そのものがほぼパンク状態だからです。そのため負担は当事者、つまり地方政府にかかってくるのです。中央政府は社会保障の原則を設計しますが、その実行は主として地方政府に委ねられます。ですから全国一律の生活保障ではなく、地方の実情に応じた保障となります。その結果、地域により実際に支給される金額がバラバラとならざるを得ないのです。

表9-3 中国の社会保障補助支出単位:億元
  1998年 1999年 2000年 2001年
合計 150.01 343.64 525.97 786.22
 地方政府 135.86 325.37 483.35 747.34
 中央政府 14.15 18.27 42.62 38.88
中央政府社会保障専用基金   280.00 300.00 309.78
注)同統計は1998年から開始されている。
資料)中国財政年鑑編輯委員会編「中国財政年鑑」2000-2002年、
国家統計局編「中国統計年鑑」2002年。

図9-2 中国の地域別失業率と一人当たり社会保障補助支出(2000年)
図9-2 中国の地域別失業率と一人当たり社会保障補助支出(2000年)
注)
失業率は表7-3の下崗を含む実質的な失業率、一人当たり社会保障補助支出は各省・市の都市戸籍人口一人当たり地方政府社会保障補助支出。社会保障補助支出は社会保険基金補助およびその事務経費、下崗基本生活保障等からなる。

資料)
丸川知雄「シリーズ現代中国経済3:労働市場の地殻変動」名古屋大学出版会、2002年、p.92。国家統計局編「中国統計年鑑」2001年。国家統計局人口和社会科技統計司編「中国人口統計年鑑」2001年。

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9-2-4 濫収費と費改税改革
 他方、農村部では「濫収費(様々の名目で徴収される実質な税)」問題が深刻化しました。中央政府は農民収入の5%以上の費用徴収を禁止しているのですが、なにせさしたる産業を持たない農村政府の台所事情には厳しいものがあり、公務員への給与支払いにも事欠くありさまです。そのため多くの費用名目を作って農民から税金をかき集めるわけで、これに郷を煮やした農民は多くの争議を引き起こしました。一つに集められた税金が村の幹部によって不正使用されていること、そしてなによりも1997年以後の農村世帯収入鈍化の下での重税感があります。

 ところが、その濫収費によってかき集められた財源が、村の学校の先生の給与支払いに充てられているのです。ですから濫収費を止めた途端、翌日から学校は休校となります。こうした現状を是正するため、2001年、中央政府は200億元の補助金手当により「費改税(費用を減らし、税金に改めること)」を実施しようとしました。この試みは安徽省・江蘇省やその他の一部農村で成功していますが、全国展開するに至りませんでした。中央政府が用意した財源では濫収費を軽減するための資金が大幅に不足することが判明したからです。このように濫収費現象は、中国の所得再分配制度が依然、未整備であることの一例と言えるでしょう。

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