modern chinese economy
10-3. 労働力移動
担当:甲南大学 青木浩治 藤川清史
10-3-1 転換点
発展途上国の最大の試練は「転換点」通過です。ここで転換点とは簡単には「労働力が希少化すること」と言ってよいでしょう。しかし、中国はいまだにその展望が見えてきません。吸収すべき人口があまりに巨大だからです。例えば韓国・台湾では60年代から工業化がスパートしましたが、早くも70年代には転換点通過に成功しました。その結果、農村部の人口が工業・第三次産業、そして都市へと吸収され、その帰結として農業就業者に対する土地の比率が急激に上昇するのです。
この土地・労働比率の上昇は非常に重要な意味を持ちます。なぜならそれによって機械化が可能になり、農業生産性を改善してゆく余地が高まるからです。その結果、成長の果実がひとり都市部だけでなく、農村部にも押し寄せていきます。そしてこれが戦後の日本や韓国・台湾が経験したことでした。
ところが中国では、依然、こうした日本や韓国・台湾パターンが実現していません。測り方にもよるのですが、「農村に1.5億人程度の余剰労働力が存在する」ことは常識です。ちなみに2001年時点における農林水産業就業者数は3.65億人ですので、余剰労働力は全農業就業者の約4割ということになります。
10-3-2 民工潮
しかし、所得格差が非常に大きいので、その格差を埋める諸力が発生することも確かです。「民工潮」と呼ばれる農村労働力移動がそれです。
中国では所得の低い地域から高い地域へ労働力が移動する傾向があるようです(
図10-3)。その規模は1999年の調査で1億人(農村労働力の21.6%)、そのうち省を超える移動は2115万人と、全体の20.9%を占めていました。残りの8割は近くの町や県市への移動です。また、省間移動の主要な移動パターンは内陸部から東部へのそれです(
表10-2)。具体的に言うと、主な送出し地域は四川・重慶・貴州・雲南・広西・湖北・湖南・安徽・河南の長江流域内陸部、主要受入れ地域は1000万人を超える広東省がダントツ(全省間移動の49.5%を占めています)、これに北京と上海・江蘇・浙江省の長江流域地域、福建省が続きます。また、資源開発で躍進著しい新疆への移動も活発です。
図10-3 省間農村労働力移動と所得格差(1999年)
注)
純流入がマイナスの場合、純流出。

資料)
労動和社会保障部培訓就業司・国家統計局農村社会経済調査総隊「1999中国農村労動力就業及流動情況」2001年。国家統計局人口和社会科技統計司編「中国人口統計年鑑」、国家統計局編「中国統計年鑑」2000年。 |
資料) | 労動和社会保障部培訓就業司・国家統計局農村社会経済調査総隊「1999中国農村労動力就業及流動情況」2001年。 |
他方、都市の生活はこの出稼ぎ労働者なくしては成立しえないと言われており、都市住民が嫌う飯場や清掃等のいわゆる3K職場はほとんど出稼ぎ労働者によって充足されているようです。しかし、出稼ぎ労働者は、職種制限、差別的低賃金はもとより、都市住民が享受している諸種の社会保障サービスを得ることができません。最近ではかなり改善されたようですが、意図的に出稼ぎ流入抑制を狙った「都市増容費用」という人頭税を徴収するケースも跡を断たないようです。
10-3-3 送金
他方、この出稼ぎに伴う所得移転もかなりの規模に達しており、1999年で総額4472億元(日本円換算、約6.7兆円、うち省間移転は680億元)、中国のGDPの5.4%にのぼっています。試みに、省間移動に限定して正味の労働所得受取額の地方政府財政収入に対する比率を計算してみると、
表10-3のようになります。この表からも分かるように、出稼ぎから得られる労働所得は送出し地域にとっては非常に大きい金額です。これだけの所得移転があれば内陸部の農村でなんらかの産業が興ると考えてもよさそうなものですが、多くは家を建てたり、耐久消費財を買ったり、あるいは商店を出したり、貯金したりと、あまり産業化には貢献していないようです。やはり、出稼ぎだけでは持続的な生活水準向上に限界があるのでしょう。
表10-3 純労働所得受取の対財政収入比(1999年) 単位:% |
省・市 |
純受取額 |
省・市 |
純受取額 |
江西 |
66.9 |
遼寧 |
-2.2 |
重慶 |
66.6 |
吉林 |
-2.4 |
安徽 |
54.0 |
雲南 |
-2.8 |
貴州 |
51.6 |
黒龍江 |
-3.2 |
湖南 |
49.8 |
寧夏 |
-4.7 |
四川 |
45.9 |
山西 |
-7.4 |
広西 |
36.7 |
天津 |
-8.4 |
河南 |
28.2 |
上海 |
-9.3 |
湖北 |
21.4 |
福建 |
-10.1 |
甘粛 |
18.9 |
海南 |
-11.3 |
陜西 |
5.9 |
浙江 |
-12.5 |
内蒙古 |
4.5 |
北京 |
-13.5 |
河北 |
1.4 |
青海 |
-20.2 |
山東 |
0.8 |
新疆 |
-23.3 |
江蘇 |
0.5 |
広東 |
-43.7 |
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注) | プラスは純受取、マイナスは純支払い。 |
資料) | 労動和社会保障部培訓就業司・国家統計局農村社会経済調査総隊「1999中国農村労動力就業及流動情況」2001年。国家統計局編「中国統計年鑑」2000年。 |