社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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4-3いかに視覚イメージを読み解くか――第1次世界大戦期、米国プロパガンダポスターを例に I.基礎篇:イントロダクション
4-3-3 実際のプロパガンダ・ポスターを見る――ポスターが制作された時代背景・歴史・文脈を知る


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⇒ 一枚のポスターを見てほしい。
画面には赤ん坊を抱える女性が深緑色の水の中に沈んでいく様子が描かれ、「ENLIST(入隊せよ)」という文字が付けられている。これはいったい何を表わしているのだろうか? 女性の服装や色遣いによって何を表わそうとしているのだろう? 二人が沈むのは浅い水の中なのか、深い水の中なのか? なぜ、水の中に沈んでいくのか? 二人の関係は? 二人はその後どうなったのだろう?
「入隊せよ」Fred Spear、1915年、米国
Library of Congress, Prints & Photographs Division, WWI Posters, [reproduction number, e.g., [LC-USZC4-1129]

 これは1915年、アメリカ合衆国でボストン公安委員会がフレッド・スピアに制作依頼して作成したポスターであることがわかっている。だが、母子と見られる二人がなぜ水中に沈んでいくのか、それと軍隊への入隊がどのように関連するのだろうか? この物語性を帯びた視覚イメージを読み解くためには、1915年以前に第1次世界大戦に関連してどのようなことが起こったのか、歴史を調べてみることが必要である。
 実はこのポスターは、1915年5月7日に起こったルシタニア号事件をテーマにしている。ルシタニア号事件とは、イギリス船籍の客船ルシタニア号がドイツのUボートの魚雷で沈没、アメリカ人124名[人数には諸説あり]を含む1198人が犠牲になり、アメリカが参戦する口実を与えたと言われる出来事である。実際には、ルシタニア号は厳重に武装されていて、弾薬などを積載し、積荷目録も事前に隠蔽のために改ざんされていたが、当時、ルシタニア号事件は、ドイツの蛮行を証明する機会としてメディアでくり返し宣伝され、この有名な募兵ポスターも制作された。
 赤ん坊を抱きかかえて海の中に沈んでいく母の姿は、ドイツに攻撃されて沈没したルシタニア号事件の犠牲者である。翠色の深海に沈みゆく白い衣装をまとった母親は赤ん坊を両腕でしっかりと抱き抱え、抵抗するすべもない。画面のなかの母子像は、純粋無垢で一方的な犠牲者であるとともに、「アメリカ」という共同体を守護する神聖な存在(=供犠)へと変身し、事故は神話化された。犠牲者として描かれた味方(連合軍)の女子どもは、アメリカが救うべき対象であり、戦争を正義の戦いとして正当化する象徴的役割を果たしている。
 このような水の中に沈む<女>がヒロイン化され共同体を守護する物語は、世界各地で広く見られる。たとえば、日本の神話では海に飛び込んで海神の怒りを沈めて夫・ヤマトタケルの戦の進路を切り開いた弟橘比売から、植民地下の台湾で出征する日本人の恩師を見送る途中、激流に飲まれて事故死した「愛国乙女サヨン」にいたるまで、広く共有されたフォークロアである。このようにプロパガンダ・ポスターは昔から伝わる物語を思い起こさせて利用し、人々の深層意識に訴えかけた。


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