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もう一点、ポスターを見てみよう(#141)。これは、1917年頃、アメリカで制作された募兵のためのポスターである。左下には「君はこの窓のどちら側に立つのか?」と書かれている。このポスターは、誰に向けて制作されたのか? このポスターのメッセージが効果を持つとすれば、何故なのか? 登場人物は誰なのか? 登場人物の服装・ポーズ・人数・視線、空間構成、色彩、場所の設定に注目してみよう。窓はどんな役割を果たしているのだろうか?
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#141 「入隊せよ 君はこの窓のどちら側に立つのか?」Laura Brey、1917年、米国
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画面をよく見てみよう。窓の内側には男性が一人たたずんでいる。彼が見ているのは、窓の外で銃を肩に行進する大勢の兵士たちである。男性は蝶ネクタイをつけ黒っぽいスーツを着ているが、これに対して外の兵士たちは皆同じカーキ色の軍服を着ている。どうやら、手前の男性はまだ軍隊に入隊しておらず、入隊をためらっている人物のようだ。両者を隔てるのは閉じられた大きな窓であり、この窓を境界線として、画面が構成されていることがわかるだろう。ということは、男性がいるのは、家の中であろうか? いずれにせよ屋内であることは間違いない。
両者の対比はまだ続く。画面上半分では、大きな星条旗がはためいているのが見える。赤白青の鮮やかな色彩に加えて、星条旗のストライプと旗の揺らめきは、窓の外に一層の躍動感と華やかさを与えている。星条旗が窓の外側にあるのに対して、内側にあるのは「入隊せよ、君はこの窓のどちら側に立つのか?」の文字である。明暗も動静も対照的である。窓の外は明るく、大義を表わす大きな星条旗が兵士たちの頭上にはためいているが、内側は暗く、外を向く男の顔をわずかに光が照らすのみである。
このようにポスターでは、窓を境界として、外/内、入隊/非入隊、軍服/私服、明/暗、動/静、多数/一人、星条旗(大義)/募兵の文字が、ひとつの画面のなかで対照的に描き分けられている。この対比が、臆病を示唆する内側の「軟弱な」女性領域に隠れるかのようにたたずみ孤立した男性に対して、場違いな恥の感覚を呼び覚まし、外のパブリックな男性領域こそが、「男らしい」おまえの居場所なのだと、外へと追い立てるのである。大義のある「外」を公的空間(男性領域)とし、「内」を私的空間(女性領域)とするジェンダー規範が、このポスターを成立させ意味を与えている3。しかも、外では多数の若者たちが、家の中の男には目もくれずに規律正しく黙々と同じ方向へと行進を続けている。それは、アメリカが参戦した1917年という激変する時代のなかで、変化に乗り遅れるのではないかという人々の不安感を巧みに突くものだった。
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