社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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4-4いかに視覚イメージを読み解くか――第1次世界大戦期、米国プロパガンダポスターを例に U.分析篇:WWIポスターに見るジェンダーの表象
<男>の表象と、ナショナル・ヒストリー
4-4-13 「真のアメリカ人」とは誰か?――男性英雄像の召喚


 最後に、男性の英雄像について簡単に見てみよう。
 女性の場合には、過去の英雄としてフランスを救ったとされるジャンヌ・ダルクが描かれるケースが東大所蔵のポスターには1点あったが【#90】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/412)、男性の場合には、コロンブス【#423】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/147)やリンカーン【#44】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/353)、ウィルソン大統領【#286】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/557)など、アメリカの「正史」を作ったとされる具体的な名前を持った英雄たちが何人も登場するのが特徴的である。

 なかでも興味深いのは、「アメリカの意味THE MEANING OF AMERICA」と題する国家安全保障協会の制作した戦意高揚ポスターである【#353】(http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/search/detailresult/id/555)。ほとんど文字ばかりのこのポスターには、ニューヨークの「自由の女神」と、ワシントンDCにある「自由の像」のビジュアルイメージが上部に小さく付けられ、読者に次のように呼びかけている。
 ――「あなたが<アメリカ人>というとき、何を意味しているだろう? <アメリカ人>という言葉は血筋と何の関係もない。あなたは純血のドイツ系かもしれないが、それでもなお真のアメリカ人だ。もしかしたら純血のアイルランド系かもしれないが、それでもなお真のアメリカ人だ…」。そして、祖先がロシアやヘブライ、イタリア、ポーランド、フランスであっても、たとえベルギーやオーストリアの血を引いていても、祖先がメイフラワー号に乗ってこの国に到着し、ワシントンやリンカーンとともに戦い共和国を築いてきた歴史を持つのだから、皆同じ「真のアメリカ人」なのだと力強い文章で語りかけるのである。それは建国期に書かれたアメリカ文明の古典とされるクレヴクールの『アメリカ農夫の手紙』(1782年)が描く「アメリカ人とは何か」を彷彿とさせる。
 クレヴクールの『アメリカ人農夫の手紙』21では次のような一節がある。――「ではアメリカ人、この新しい人間とはいったい何者なのでしょうか。それはヨーロッパ人でもなければ、ヨーロッパ人の子孫でもありません。それ故に他のどの国にも見られない不思議な混血です。(中略)昔からの偏見も儀礼作法も古いものはすべて捨てて自分が取り入れた生活様式、遵奉することにした新しい政府、自分の獲得した新しい社会的な地位による新しい生き方を受け入れていく、それがアメリカ人なのです」。

 東大のコレクションの分析だけではわからないが、第1次世界大戦期の合衆国のプロパガンダ・ポスターには、「白人」以外の人種があまり登場しないようである。先住民やアフリカ系、アジア系、ヒスパニック系の移民をアメリカ国民の構成員から排除するクレヴクールの白人共和国の理念は、白人移民の祖先が敵味方に分かれて戦う第1次世界大戦期、あらためて必要とされたのではないだろうか。19世紀末から東欧・南欧系の新しい移民が大量かつ急激にアメリカ国内に流入し、孤立と過酷な収奪の中、それまでのアングロ・サクソン系アメリカ人や移民同士のあいだで絶えず軋轢を生じていた。外国生まれのアメリカ人は急増し、1300万人以上いた移民一世のうち3分の1以上が英語を話せず、彼らとその子どもたちを合わせるとその数は4600万人にものぼり、合衆国総人口の約半分を占めたのであった。
 だが、経済的必要性に迫られて参戦したものの、戦争は不人気であった。宣戦布告後6週間たっても志願兵にはたった7万3千人しか登録せず、必要とされた兵士100万人には到底及ばなかった。それゆえ、議会は徴兵制を可決。さらに明らかな敵国を除いて帰化申請中の外国籍所有者をも対象にしたのだった。全米各地の新兵訓練基地では、どこも数千人以上の外国系兵士を抱えた。戦争末期、米軍兵力は総数400万人に達していたが、うち、18%(=約50万人)の外国生まれの兵士のうち、10万人は全く英語が理解できないポーランド、チェコ、アルメニアなど東欧系、イタリア、ギリシアなどの南欧系の移民だったという。それゆえ、まず、移民たちに対して愛国心を植え付け、バラバラなアイデンティティを統合する必要に迫られていたのだった。


21 鈴木健次「新しい人種・新しい原則――クレヴクール『アメリカ人農夫の手紙』」『史料で読むアメリカ文化史――独立から南北戦争まで1770年代―1850年代』亀井俊介・鈴木健次監修、荒このみ編、東京大学出版会、2005年、pp.44‐55.

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