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「ああ!男に生まれてたら、ゼッタイ海軍!」や「あなたが欲しい、海軍に」のポスターに登場した若い女性は、「クリスティ・ガール」と呼ばれ大変な人気を博した女性像である。この新しい女性のイメージは、教育もありアウトドアやスポーツが好きでモダンな中産階級の新しい女を理想化し、当時の女性の社会進出や社会運動を背景として、20世紀初頭のアメリカに瞬く間に広まった。
イラストレーターのハワード・チャンドラー・クリスティ(Howard Chandler Christy: 1873−1952)の名前から採られた「クリスティ・ガール」は、登場するや否や、帽子や靴、イブニングドレスなどにその名を冠した商品が次々と現れたという。クリスティは、第1次世界大戦期には、50点以上の戦争ポスターを描き、その原画のオークションを何度も行なうなど派手なパフォーマンスによって愛国的活躍を誇示した人物である。また彼は、1921年にニュージャージーで初めて開かれたミス・アメリカのコンテストで、「美の裁定者」としてたった一人で審判員を務めるなど、イラストレーターとしての絶頂期を過ごした。
19世紀末から20世紀初頭は、アメリカ合衆国において女性のビジュアルイメージが大きく変わる時期である。クリスティに先駆けて、新しいアメリカ的美人像を作り出したのは、チャールズ・ダナ・ギブソン(Charles Dana Gibson, 1867−1944)である。1890年代からギブソンが描き始めた背の高いほっそりした美人「ギブソン・ガール」は、それまでの、ぼっちゃりした丸顔で可憐かつ小柄な19世紀型美人像に代わって、雑誌の表紙を次々と飾り爆発的人気を得た。生き生きとしつつも中庸をわきまえたアメリカ女性の偶像を必要とする時代の要請に、ギブソン・ガールの直線的で背の高い女性像は合致したのである。
ギブソンは、第1次世界大戦では、新しく設立された政府の絵画宣伝広報局のディレクターに抜擢され、ポスターや戦争画、パンフレットの広報活動やアーティストのプロパガンダへの活用などに励んだ。ギブソン・ガールは、クリスティ・ガールやフィッシャー・ガール、フラッグ・ガール13、そして1920年代のフラッパーの登場によって、やがて時代遅れのイメージになるが、19世紀末から始まったイラストレーションの黄金時代を飾ったとされている14。優美で気品に溢れ儚い美を具現したギブソン・ガールに対して、クリスティ・ガールは、はちきれんばかりの若い肉体とコケティッシュな表情に特徴がある。口を少し開け悩ましい目つきで全身を使い男性を挑発するクリスティ・ガールは、ギブソン・ガールを瞬く間に硬直的で過去の女に追いやってしまったのである。その身体は、ビクトリア的規範に縛られるだけの女を時代遅れにし、自由でモダンな新しい女性像を提供した。
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