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5-1-10 いろいろな「きく」
Example 聞き取り調査における「語り」−魅力と編集

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聞き取り調査における「語り」−魅力と編集
 私にとってフィールドワークの魅力のひとつは、人々の「語り」にふれることです。どんな人でも、自分を語る物語があります。それは、質問票の項目への回答とは異なり(きっかけとなることもありますが)、ひとつひとつのことばがつむがれ、抑揚やリズムや間があり、ストーリーがあります。情報を引き出す刺激だけでなく、何かに一瞬でも触り、ことばがからみあい、場のエネルギーが動き出すような驚きは、そのたびに新鮮です。
 大学の卒業研究をきっかけにはじめた能登半島での調査では、生のことばに意識してふれ、それを記録、編集し、作品を編む面白さと難しさに直面しました。以下は、大学院生のときにまとめた『ある近代産婆の物語―能登・竹島みいの語りより』緑の館、1989年(桂書房、1997年)のあとがきです。人々の語りの魅力、語られ方、編集方法、について述べている部分を抜粋します。

西川麦子著『ある近代産婆の物語―能登・竹島みいの語りより』緑の館、1989年
(桂書房、1997年、pp.346-347)、「あとがき」より

語りがもつ魅力と迫力―言葉からはなたれる匂い
私が、この『ある近代産婆の物語』を書き始めたのは、そもそも聞き取り調査のなかでの人々の「語り」がもつ魅力と迫力に引き込まれたからだ。私は、竹島みいをはじめ調査で出会った人々の声をできるだけ生かした形でこれまでの調査をひとつの作品にまとめたいと思った。人々が語ってくれた記録からは、多くの情報を取り出すことができる。インタビューのテープそれ自体が、大正、昭和期の、能登の、あるいは日本の出産の変化を知るための資料となりうると考えた。また何よりも、その語りのなかの多くの言葉は私には置き換え不可能なものだと思われたし、その言葉からはなたれる匂いを失いたくなかったのである。

聞き手、書き手の意図
だが「語り」と言っても、聞き取り調査のなかで得た話である。ある話題が語られた段階ですでに、聞き手である調査者の意図が入り込んでいる。また、人々の語りのもとに物語が書かれるとき、書き手の意図によって編集が加えられることになる。

2通りの語り―自主的な語り聞かせと強引な語らせ、回答
竹島みいの語りと称してこの物語に収められた話には、おおざっぱにいって二通りの語られ方がある。ひとつには、聞き手の質問がきっかけとなって、竹島みい自身がある程度自主的に語り聞かせた話である。たとえば、3章の「人力車夫に襲われかけた」話や、「自転車に乗って河に落ちた」話などは、それぞれ1つのエピソードとして、竹島みいがその話の登場人物の語り口や声色を変えて話に抑揚をつけながら、一気に語りきっている。もうひとつの「語り」は、聞き手がある問題に関して情報を得ようとして、竹島みいに強引に話をさせてしまった、あるいは、聞き手の質問の「回答」として話された部分である。おなじ3章のなかでも、「七尾のトリアゲバアサン」の話などがそれである。この話は、竹島みいにとっては、自分のライフヒストリーとは無関係な話題であり、みい自身が自ら語っておきたいと思ったことではない。そのため、語り手と聞き手のやりとりが一問一答式になっている。

音声の文字への再生方法―ベタ起こしと、不要な部分の削除
また、インタビューを記録したテープの声を文字に再生せるときにも2つの方法がとられている。そのテープを、調査者の質問、あいづちも含めてそのままおこした場合と、聞き手の声を削除して語り手の声のみを文字にした場合である。さきにあげた「七尾のトリアゲバアサン」の話などは、調査者があまりにも強引に話を聞き出しており、また、話の内容も竹島みいのライフヒストリーの枠に収められるには不自然であった。この部分は、聞き手と語り手、両者の声を再生した対話のかたちで用いた。

「語り」のみで構成されるライフヒストリー
竹島みいの語りは、多くはテープの声をおこした段階で聞き手の声をはぶいた。そして、竹島みいが語った様々なエピソードをつなぎあわせてみいの「語り」のみで構成されたライフヒストリーを作成してみた。これが本書の原型となった。

「語り」の編集作業
本書を書くにあたって、文字にして読みづらい言葉使いや、意味がとらえにくい箇所は、その語られた内容の意味が変わることのないように考慮しながら、私が書き直したり、別の単語を用いたりした。また、ひとつのインタビューのなかで語られた話であっても、その「語り」が本文で用いられる目的に応じて、話をいくつかの部分に分けたり、順序を変えて繋ぎ合わせるなどして「語り」には編集作業が加えられている。


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