社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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5-1-12 記録と向き合う、伝える
Example 「作品ができるまでの長いプロセス―本の物語」

Example
作品ができるまでの長いプロセス―本の物語
 どんな本にも、それが読者に届くかたちになるまでには紆余曲折をへたさまざまなプロセスがあります。

自費出版の『ある近代産婆の物語』/次への節目

自費出版、『ある近代産婆の物語』
(1989 年、緑の館)
 「社会変化における近代産婆の位置と機能」、私が1985年に金沢大学文学部に提出した卒業論文のタイトルです。日本の出産の変化をテーマに選び、「産婆さん」へのインタビューを始め、地域の出産の変化を知るために能登半島で調査を行いました。その後、大阪大学大学院へ進学し、文化人類学を学びバングラデシュ農村を研究対象に選びました。しかし、能登へもしばしば足を運びました。さまざまな疑問を追いかけるフィールドワークの謎解きの面白さに夢中になっていました。その一方で、どこかで区切りをつけないと他の研究を始めることができなくなる、という不安も感じていました。1988年、これまでの調査を「ある近代産婆物語〜能登・竹島みいの語りより」というタイトルの原稿にまとめてから、調査研究のためにバングラデシュへ行きました。1年後、一時帰国したときにその原稿を自費出版しました。本としてのレイアウト、紙選び、装丁のデザインは友人が担当してくれました。1冊274頁、400冊製本して、費用は、印刷所にかなりまけてもらって198,000円でした。出版元である「緑の館」の住所は実家です。本の3分の1を、これまで研究に協力、支援いただいた方々へ郵送し、3分の2をダンボール箱に入れたまま実家に残し、バングラデシュへ戻りました。

ベンガル語版冊子/自身を紹介する手段

ベンガル語版冊子表紙、1992 年
 1988年から91年にかけて3年間大学院を休学し、その間の多くの時間をバングラデシュで過ごしました。最初の半年間、ベンガル語を学びながら正式な所属先を探しました。このとき、出会う人に自分をどのように紹介するか、アピールすることができるか悩みました。大学院生としての私の肩書きは、相手にとってはそれほど意味がありません。これからバングラデシュ研究を始めるのですから発表できるような研究内容もありません。ダッカ大学の社会科学研究センターへの所属が認められたとき、セミナーで発表するようにと求められました。追い詰められた私は、日本の「近代産婆」研究について報告することにし、そのためのベンガル語のペーパーを用意することにしました。拙い語学力でしたが、1パラグラフを作文してはベンガル語の先生に内容を説明しながら一語一語、一文一文、添削してもらいました。こうして、ベンガル語の近代産婆研究の要約原稿ができあがりました。自分を紹介するものがひとつでもあることは、その後私にとっては「お守り」となりました。その原稿の内容に興味をもったダッカにある女性支援組織(Narigrantha Prabartaba)が、これを出版しましょうと、声をかけてくれました。1992年、「日本、本市村の出産の変化と近代産婆」というベンガル語本が出版されました。35タカ、当時のレートでは120円くらいです。36頁の薄い冊子ですが、私にとっては初めてのISBN(国際標準図書番号)付きの著作となりました。実は、この冊子が出版されたことを私は知りませんでした。出版から数年後、バングラデシュの友人が、ダッカで本の市で偶然に発見して私に送ってくれました。

地方出版社との共同作業

『ある近代産婆の物語』
(1997 年、桂書房)
 8年間、大阪大学の大学院に在籍した後、1993年から5年間、金沢大学文学部に助手として勤務しました。文化人類学の調査実習などで毎年、能登へ通う機会ができました。1996年、バングラデシュ研究を博士論文にまとめ一息ついたとき、自費出版した『ある近代産婆の物語』の残部数が僅かになっていました。1989年の出版以来、クチコミで本の存在を知った人から断続的に問い合わせがあり、1冊ずつお渡ししていました。再版を考え始めたとき、図書室で偶然、2冊の本を手にとりました。1冊は、富山県の廃村となった村々の記録をまとめた『村の記憶』(山村調査グループ編、桂書房、1995年)、もう1冊は納棺夫を素材とした小説、『納棺夫日記』(青木新門、桂書房、1993年)でした。富山県内にあるいわゆる地方出版社が出している本でした。素材選びのセンスと記録重視のスタンス、「この出版社だ!」思い、すぐに手紙をそえて自分の本を送りました。2日後、ファクスで返信がきました。そこから新たな本作りが始まりました。8年前の自分の著作をテキストとして読み直し、もとの調査資料を再検討しました。新たな資料を加え、1年半をかけて本文を修正し、補足説明や解釈を注として加筆しました。出版社のスタッフは本の内容を地域の暮らしのなかでの実感としてとらえ、細やかで厳しいコメント、質問を次々としてくれました。装丁のデザイナーさんとの打ち合わせをはじめ、モノとしての本ができる行程に可能な限り参加させてもらいました。卒業研究から13年、いろいろな歳月を重ねて、1997年、桂書房から『ある近代産婆物語〜能登・竹島みいの語りより』が出版されました。この本のなかでは私は、人と人との長年の相互交渉をとおして関係性がどのように変わり調査がどのように展開するか、そのプロセスは記しました。しかし、そこには本作りの長い物語は隠されています。
 私が、日本、バングラデシュ、イギリスと、場所とテーマを変えながらもフィールドワークを止められないでいるのは、偶然を繋ぎながら、誰かとともに何かを生み出すプロセスに、自分の意図をこえた面白さがあるからだと思います。

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