電気もガスも水道も電話もないバングラデシュ農村での暮らしは、日本の都市部に育った私には楽なものではないだろう、とある程度は覚悟していた。何日も、何ヶ月も村に住むためには、何が必要か考えた。モミンに相談した。3つの条件がかなうようであるなら、私はあなたの村に住むことをお願いしたい、と。
1つは、トイレと水浴び場である。当時(1988年)、農村の多くの家にはトイレはなかった。村の生活に慣れればそのうち、住民たちと同じように要領よく、人目を避けて、雨季でも、野外で用を足せるようになるのかもしれない。だが、とりあえずは用便のたびに神経を使う生活は想像もできないし、たとえば、便秘が長期化することになると健康も害しかねない。また、食器を洗い、場合によっては周辺に便所も備え、魚を飼っているあの多目的な池で、サリーを着たまま皆と一緒に水浴をすることも、私には難しい。それでも、バングラデシュの蒸し暑い季節には、1日1回、衣服を脱いで水を浴びたい。
2つめは、プライベートな空間である。毎日、24時間、集団の中で暮らすことは、たとえそこが日本であってもできそうにない。ましてやただの客人ではなくビデシ(ガイジン)となれば、いつも人々から注目される。農村の一般の住居において個室をもつことが、物理的にも、経済的にも困難であり異例であるとしても、何らかのかたちで一人になることができる場所がほしい。
3つめは、郵便局である。日本への手紙を郵便局へ持って行き、目の前で消印が押されるのを確認し、それから自分宛の郵便が届いていないかと尋ねる。郵便が、日本と繋がる唯一の方法だった。
モミンは、トイレは洪水で流れたが作り直す、部屋は用意できる、郵便局は近くのバザールにある、と答えた、・・・