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5-1-15 フィールドワークと時間
Example 「何でもみてやろう」の落とし穴―見えなかったテーマ

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「何でもみてやろう」の落とし穴―見えなかったテーマ
村落研究のフィールドワークをするためにバングラデシュ農村に滞在していたとき、最初は特定のテーマを設定せずに、「何でも見てやろう」考えていました。村に滞在して1年がたった頃に、あることに気づきました。各集落には毎週1回施しの曜日がある、という住民なら誰でも知っていることです。

「1990年1月15日、ジンダ村に滞在して1年が過ぎていたが、私はこの日まで地域の全ての村、集落に施しの曜日があることも、ジンダ村では月曜日がその日であることも知らなかった。毎週、月曜日にはジンダ村に50人、60人の物乞がやって来て、家々をまわり、一握りの米の施しを受けていたのである。それなのにどうして、施しの曜日に気がつかず物乞の存在に注目することもなかったのだろう。」(西川、2001、p.251)

1年、50回以上も月曜日を迎えていたのに、その日がジンダ村の施しの曜日だということを見過ごしていたわけです。1年に、のべ数千人の物乞がジンダ村を訪れていたはずなのに、物乞の存在に注目することもなかった。調査者の私は、なぜ、施しの曜日にも物乞にも気がつかなかったのでしょうか。「何でもみてやろう」、「先入観を持ち込まない」という意気込みが、かえって思い込みをつくっていたようです。

以下は、「見えなかったテーマ/『物乞』」(西川麦子『バングラデシュ/生存と関係のフィールドワーク』平凡社、2001、 pp.248-257)からの抜粋です。対象をどのような枠組から見ているのか、自分のものの見方、とらえ方に気がつくことから、フィールドワークは展開してゆくのかもしれません。
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見えなかったテーマ/「物乞」

どうして、施しの曜日に気がつかず物乞の存在に注目することもなかったのだろう

第1の理由は、村落調査にとらわれていたからだ。集落やショマージを人が住む場所としてとらえ描く、これが私の調査目的だった。・・・・しかし、村の見取り図となるような組織や集団は見出せず、住民の社会的位置づけや序列が体系化、制度化されているようでもない。とりあえずは、無理に特定のテーマに絞らずに、調査の枠組をつくらず、何でも見てやろう、と考えてジンダ村に滞在してきた。ところが実は、「村落調査」という大テーマにしがみつき、土台となる村を解明せねばならないとばかりジンダ村に閉じこもり、目に映るものを選別して見ていたのである。ひとつの村を越えた、より広い地域における施しのシステムや、村々を巡回する物乞の存在は、ジンダ村に関する村落調査からはこぼれおちていた。

第2の理由は、無意識にではあるが、物乞をあえて調査対象から外していた。バングラデシュは、世界でも最貧国としてしばしば注目される。経済的格差と貧困が存在する現状をどのように改善するかは、重要な課題であるには違いない。だがそれは、この社会の一側面であり全てではない。烙印を押したように「貧困」というフィルターからはバングラデシュを見るまい、と考えていた。しかし先入観を持ち込まないという思いがかえって、特定の領域の問題を調査から排除する結果となった。つまり、貧困と関連性の深い「物乞」は、もともと私にとっての調査対象から外されていたのである。

もちろん、まったく気にならなかったわけではない。ダッカでは、どこにも物乞の姿があった。外国人と見るやボクシーシーと手を出してしつこくついてくる子どもたち、リキシャやベビータクシーが信号や渋滞で止まれば、幼い子どもを抱えた女性や身体に障害をもつ分かる人たちがやって来て施しを求めた。下宿の戸口の前では早朝から、物乞が大声をあげて扉をドンドン叩いて施しを要求する。眠りの中でその音を聞くと、心の中に土足で入られ脅迫されているかのようだった。「うるさい!」と大声で追い返すこともあった。彼らは生活のためにモノゴイをしている。他の人たちも生きるために働いている。物乞だけが特別ではない、と思っていた。

ダッカに滞在していた時にこうした物乞の印象が強かったために、それとは有り様が全く異なる農村の物乞が、同じものとは認識できなかった。これが第3の理由である。少なくとも私が滞在していた郡部においては、モノゴイを生業としている人々は社会からの逸脱者ではない。施与の慣習が地域社会の中に組み込まれて、施しを受けることが1つの生業となりうる仕組みがそこにはあった。物乞の姿は、地域住民の日常生活の中に場所を得て存在していた。私は、物乞の存在と、彼らを生み出し受容する地域社会に強く惹かれていった。

*その後の物乞研究については、西川麦子「平等原理の現在―バングラデシュ農村における喜捨の慣行と物乞い」(池上良正他編『絆』岩波講座宗教、第6巻、岩波書店、2004 pp.161-183、「19世紀後半の英領インドの浮浪者問題と『ヨーロッパ人』浮浪者法―統治者の威信を脅かす落ちぶれた白人たち―」甲南大学紀要文学編141社会学特集、2006年 pp.29-57参照


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