帰国まであと2ヶ月となった2002年7月、グローブ・ネイバーフッド・センターに調査を申し込むレターを提出した。その月の運営委員会で説明をする時間を設けてもらった。運営委員会をとおしたのは、正式に調査の承認をえるためであり、住民としてだけでなく調査者としてセンターに関わってゆきたいというポジションの切り替えをするためでもあった。またセンター内部だけでなく、地域の他の組織、機関や人々とも接触することを想定して、文書というかたちで調査の依頼をかたちにのこしておいたほうがよいと考えた。
レターには、調査の目的とともに自己紹介を書いた。センターで知り合った人々は、住民としてセンターを利用していたMUGIKOについては知っているが、私の職業、経歴、ロンドンに在外研究のために滞在していることなどは、ほとんどの人は知らない。グローブ・ネイバーフッド・センターは、人と人が出会う機会を設定はするが、自己紹介を強いられることはない。自分の何をどこまで説明するかはその人の意志しだいであり、人はわざわざ他人に踏み込んではこない。
調査地で出会う人に、職業は大学教師で文化人類学を教えているといって名刺をわたしても、私を紹介したことにならない。かといって、この地域で何をしているのかを長々と説明して時間をとってもらうのも申し訳ない。私が何者であるか、なぜここにいるのか、相手に何を求めているのか、最初に簡潔に話し、グローブ・ネイバーフッド・センターに提出した自己紹介のレターに英語の名刺を添えて相手に渡した。2002年9月、2003年9月には、日本へ帰国するまえに調査の経過報告をA4用紙数枚に要約し、センターへ提出した。こうした文書を作っておくと、その後の調査のなかでも自己紹介の資料として活用できる。
2001年にロンドンに滞在する際にここでフィールドワークを始める予定はなかった。在外研究の多くの時間を大英図書館で過ごし、19世紀の英領インドの「ヨーロッパ人浮浪者」について調べていた(Nのフィールドワーク[5-2-6])。しかし、ロンドンで暮らしグローブ・ネイバーフッド・センターに関心をもち、ここでフィールドワークをしてみたいと考えるようになったときに、とりあえずこれからの10年という時間を想像してみた。過去30年間のグローブ・ネイバーフッド・センターの歴史をたどると同時に、今後10年間のセンターと地域の変化をおってみたい。調査地を定期的に訪ね、自分も年を重ねながら対象の変化を時間と並行してみてゆきたい。それは、目標年数を定め確実な研究成果を出すための設定ではなく、現在を見る心の置きどころを時々変えてみるという意味である。今を今として記録してゆくのと、何年か後を意識して現在について考えるのとでは、見えてくるものが異なる。もちろん、調査研究を続けるためには、より短い周期で研究成果を論文等で生産し続けることも必要ではある。
|