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4-1. レーガノミクスとは何か:バラ色のシナリオ

担当:甲南大学 稲田義久


 1980年11月の大統領選挙でジミー・カーターに勝利した元ハリウッドの俳優ロナルド・レーガン(Ronald Reagan)は、81年1月に大統領に就任するや否や、最優先課題としてアメリカ経済の再建を取り上げました(コラム:皆さんの生活は4年前と比べてよくなりましたか?を参照)。彼の経済政策の骨子についてはAmerica’s New Beginning: A Program for Economic Recovery, (February 1981)に詳しいので、参照してください。レーガン大統領の特色のある経済政策は、ジャーナリズムから彼の名前を関してレーガノミクスと呼ばれました。

4-1-1 アメリカ経済の病弊と処方箋
 さてレーガンおよび彼を取り巻くブレーン(特に、エコノミスト)たちは、70年代のアメリカ経済の低迷をもたらした2つの病弊に対して、これまでの政権が有効な処方箋を書くことができなかったことをきびしく非難しました。

 2つの病弊の1つはスタグフレーションです。スタグフレーションとはスタグネーション(景気停滞)とインフレーションの合成語で、景気低迷(したがって高失業率)と持続的な物価上昇が並存する状況を意味します。統計的には悲惨度指数が高まることを意味します。

 第2の病弊は生産性上昇率の鈍化です。戦後から第1次石油危機までの平均生産性上昇率は2.5%程度でしたが、73年から80年までの平均上昇率はほぼゼロにまで低下したのです。

 レーガン大統領を取り巻くエコノミストたちは、マネタリストとサプライ・サイダーと呼ばれる2つのグループからなっていました。マネタリストと呼ばれる人たちは、第1の病弊の原因については、これまで採られてきたケインズ政策に起因すると考えました。彼らは、長期にわたってインフレの原因となるマネーサプライの伸びを徐々に引き下げる、きつめの金融政策をとることが、スタグフレーションの克服につながると主張しました。

 第2の病弊については、設備投資の鈍化が基本的な原因と考え、したがって、貯蓄を増強し投資を引き上げることが生産性の伸びの鈍化を克服する処方箋とみました。彼らの主張はサプライ・サイド経済学(Supply Side Economics: SSE)と呼ばれ、その理論を展開したのが、サプライ・サイダーと呼ばれる人たちです(コラム:ラッファー・カーブを参照)。

 彼らは、限界税率とインフレがともに高いことが低貯蓄の原因であるから、特に限界税率を低下させることを主張しました。したがって、限界税率の低下で民間貯蓄を増加させることが民間投資を引き上げ、生産性の上昇につながるのです。しかし、減税の実施で財政赤字が増え、そのファイナンスのため民間貯蓄を吸収しては民間投資の増加につながらないから、限界税率引き下げに伴う減税分を財政支出の削減でまかなわなければならないのです。すなわち、同時に小さな政府の実現が必要となってくるのです。

 以上を整理すると、レーガノミクスとは、財政支出面では小さな政府を目指した支出削減、税制面では貯蓄・投資などの供給サイドの活発化を意図した大幅減税、金融面ではインフレ抑制のため強力な金融引き締めをセットとした、経済回復プログラム(パッケージ)といえるでしょう。

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4-1-2 経済再建の4本柱
 レーガノミクスの理論は上のとおりですが、実際のレーガンのアメリカ経済再建策は、(1)歳出削減、(2)減税、(3)規制緩和、(4)安定的なマネーサプライの4本の柱からなります。

(1)歳出削減
 1980年度までの5年間、年平均13.1%というスピードで伸びてきた連邦政府歳出額を、86年度までの6年間は、年平均6.8%に抑制する。内訳を見ると、国防費はレーガンの好みで増加が予定されており、他の歳出項目を大幅に切り込む計画である。82年度については、連邦財政支出は非国防支出(特に、福祉関連)を中心に414億ドル削減するが、国防費は72億ドル増加する。

(2)減税
 個人所得税減税。1981年7月1日より個人所得税率を3年間にわたり毎年一律10%引き下げる。キャピタル・ゲイン課税については最高税率を28%から20%へと3年間にわたって段階的に引き下げる。また企業税減税は81年1月より減価償却期間の短縮化(自動車3年、機械5年、プラント10年)による投資税額控除の拡大を図る。

(3)規制緩和
 政府規制の見直しを行い、行き過ぎた規制を緩和し撤廃する。また実施されていない規制の施行時期を延期する。これらを通じて、民間の活力が十分に発揮できる環境を整える。

(4)安定的なマネーサプライ
 高まったインフレ期待を引き下げるために、連邦準備制度理事会と協力してマネーサプライの伸びを経済成長率より低く抑える。1986年までにマネーサプライの増加率を80年の伸びから3%へと半減させる。


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4-1-3 バラ色のシナリオ(Rosy Scenario)
 レーガンが提案した政策パッケージを実施すると、図のようなレーガノミクスのシナリオ(図4-1 レーガノミクスのシナリオ を参照)を通して、アメリカ経済のパフォーマンスは大幅に改善されると見ていました。しかし、結果は下表に示されるように、期待はずれのバラ色のシナリオに終わったのです。

図4-1 レーガノミクスのシナリオ
図4-1 レーガノミクスのシナリオ

 レーガノミクスのシナリオによれば、まず第1に、抑制的な金融政策(通貨供給の抑制)によりインフレ期待が低下する。第2に、大幅な個人税減税により特に高額所得者の可処分所得が増加し、貯蓄率が高まる。第3に、企業減税により投資意欲が高まり、増えた貯蓄が投資に回る。投資増は労働生産性の向上をもたらし、経済成長率が高まる。第4に、きつめの金融政策によりインフレ期待が低下するため賃金上昇率も緩やかになる。これは労働生産性の上昇とあいまって現実のインフレ率が低下する。第5に、経済成長率が高まるために、減税にもかかわらず税収が増加し、一方で歳出が抑制(小さな政府の実現)されているため財政収支は均衡化の方向に向かう。この結果、1984年度からは財政収支は黒字に転じると予測したのです。

表4-2 レーガノミクスの理想と現実
  1981 1986 1981-86
実質GNP成長率
(%)
1.1 4.2 3.9
2.5 3.4 3.2
消費者物価上昇率
(%)
11.1 4.2 6.7
10.4 1.9 4.9
失業率
(%)
7.8 5.6 6.6
7.6 7.0 8.1
短期金利
(%) : 3ヶ月TBレート
11.1 5.6 7.7
14.0 6.0 9.4
連邦政府財政収支
会計年度 : 億ドル
-549 282 -147
-790 -2123 -1723
上段がシナリオ、下段が実績。1981-86年は年間平均。

 上の表はレーガノミクスの理想(82年度予算教書による見通し)と現実を成長率、インフレ、失業率、短期金利、財政収支について比較したものです。なお1次レーガン期は1981-84年の4年ですが、通常は6年間の見通しが発表されます。

 レーガンのシナリオによれば、実質GNP成長率は82年から4%台に高まり、81-86年の経済は年平均3.9%で伸びると見られていました。

 この結果、失業率は81年の7.8%から86年の5.6%へと緩やかに低下すると見込まれており、このためインフレ率(消費者物価上昇率)は81年の2桁インフレから96年には4%台へと大きく低下するものと予想されていたのです。またインフレの低下により、金利も大きく低下すると見込まれていました。

 成長率が4%台に上昇し、歳出削減が実施されるので財政赤字は大幅に縮小することが予想されます。レーガンのシナリオでは84年度に財政赤字は解消され、85-86年度には黒字に転換すると見通されていました(コラム:財政年度を参照)。

 以上のようなレーガン・シナリオは、結論を先に申しますと、バラ色の見通しであったことがわかります。特に、財政赤字削減についてはまったくそうです。

 まず、実質経済成長率は81-86年平均見通しが3.9%であったのに対して、実績は3.3%で目標を下回りました。同期間の平均失業率はシナリオでは6.6%でしたが、実績は8.1%と高止まり、これも目標を実現できませんでした。

 インフレについては、予想を上回る改善が見られ、目標を達成したと言えるでしょう。ただこの期間は世界の原油価格が大幅に低下したという特殊要因(逆オイルショック)を指摘できますが、インフレ期待が大幅に低下したのはレーガノミクスの成果の1つといえるでしょう。

 一番期待を裏切ったのは財政赤字の削減です。レーガノミクスのもとで財政赤字の削減が可能となるためには、財政支出の大幅な削減が実行されなければなりません。ところが、財政支出削減はさまざまな政治的障害から実施されずに終わりました。この間の事情はストックマン(David A. Stockman, “The Triumph of Politics-Why the Reagan Revolution Failed-”, Harper & Row, 1986)行政管理局長の書物に詳しく述べられています。どこの世界でも一緒で、減税は人気のある政策ですが、福祉などの財政支出の削減は不人気なのです。

 結果的に、レーガノミクスは大幅減税による財政赤字拡大と、強力な金融引き締めというポリシー・ミックスを実施したことになりました。このため、レーガノミクス実施の初年度にはアメリカの国内金利が大幅に上昇しました。特に財務省証券利回り(3ヶ月もの)が70年代後半平均の7.8%から81年には14.0%に上昇したのです。それでも、インフレ期待の低下を受けて86年には6.8%まで低下しますが、見通しの5.6%を上回るものでした。

 シナリオには明示されていませんが、サプライ・サイダーたちの期待する減税による貯蓄率の上昇も実現しませんでした。財政赤字とともに双子の赤字と称される経常収支の赤字も大幅に悪化したことは、特に指摘すべきでしょう。このようにレーガノミクスの成果は80年代に関する限り、インフレの低下以外にはほとんどみるべきものがなかったといえるでしょう。

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