レーガンが提案した政策パッケージを実施すると、図のようなレーガノミクスのシナリオ(図4-1 レーガノミクスのシナリオ を参照)を通して、アメリカ経済のパフォーマンスは大幅に改善されると見ていました。しかし、結果は下表に示されるように、期待はずれのバラ色のシナリオに終わったのです。
図4-1 レーガノミクスのシナリオ
レーガノミクスのシナリオによれば、まず第1に、抑制的な金融政策(通貨供給の抑制)によりインフレ期待が低下する。第2に、大幅な個人税減税により特に高額所得者の可処分所得が増加し、貯蓄率が高まる。第3に、企業減税により投資意欲が高まり、増えた貯蓄が投資に回る。投資増は労働生産性の向上をもたらし、経済成長率が高まる。第4に、きつめの金融政策によりインフレ期待が低下するため賃金上昇率も緩やかになる。これは労働生産性の上昇とあいまって現実のインフレ率が低下する。第5に、経済成長率が高まるために、減税にもかかわらず税収が増加し、一方で歳出が抑制(小さな政府の実現)されているため財政収支は均衡化の方向に向かう。この結果、1984年度からは財政収支は黒字に転じると予測したのです。
表4-2 レーガノミクスの理想と現実
|
1981 |
1986 |
1981-86 |
実質GNP成長率 (%) |
1.1 |
4.2 |
3.9 |
2.5 |
3.4 |
3.2 |
消費者物価上昇率 (%) |
11.1 |
4.2 |
6.7 |
10.4 |
1.9 |
4.9 |
失業率 (%) |
7.8 |
5.6 |
6.6 |
7.6 |
7.0 |
8.1 |
短期金利 (%) : 3ヶ月TBレート |
11.1 |
5.6 |
7.7 |
14.0 |
6.0 |
9.4 |
連邦政府財政収支 会計年度 : 億ドル |
-549 |
282 |
-147 |
-790 |
-2123 |
-1723 |
上段がシナリオ、下段が実績。1981-86年は年間平均。 |
上の表はレーガノミクスの理想(82年度予算教書による見通し)と現実を成長率、インフレ、失業率、短期金利、財政収支について比較したものです。なお1次レーガン期は1981-84年の4年ですが、通常は6年間の見通しが発表されます。
レーガンのシナリオによれば、実質GNP成長率は82年から4%台に高まり、81-86年の経済は年平均3.9%で伸びると見られていました。
この結果、失業率は81年の7.8%から86年の5.6%へと緩やかに低下すると見込まれており、このためインフレ率(消費者物価上昇率)は81年の2桁インフレから96年には4%台へと大きく低下するものと予想されていたのです。またインフレの低下により、金利も大きく低下すると見込まれていました。
成長率が4%台に上昇し、歳出削減が実施されるので財政赤字は大幅に縮小することが予想されます。レーガンのシナリオでは84年度に財政赤字は解消され、85-86年度には黒字に転換すると見通されていました(
コラム:財政年度を参照)。
以上のようなレーガン・シナリオは、結論を先に申しますと、バラ色の見通しであったことがわかります。特に、財政赤字削減についてはまったくそうです。
まず、実質経済成長率は81-86年平均見通しが3.9%であったのに対して、実績は3.3%で目標を下回りました。同期間の平均失業率はシナリオでは6.6%でしたが、実績は8.1%と高止まり、これも目標を実現できませんでした。
インフレについては、予想を上回る改善が見られ、目標を達成したと言えるでしょう。ただこの期間は世界の原油価格が大幅に低下したという特殊要因(逆オイルショック)を指摘できますが、インフレ期待が大幅に低下したのはレーガノミクスの成果の1つといえるでしょう。
一番期待を裏切ったのは財政赤字の削減です。レーガノミクスのもとで財政赤字の削減が可能となるためには、財政支出の大幅な削減が実行されなければなりません。ところが、財政支出削減はさまざまな政治的障害から実施されずに終わりました。この間の事情はストックマン(David A. Stockman, “The Triumph of Politics-Why the Reagan Revolution Failed-”, Harper & Row, 1986)行政管理局長の書物に詳しく述べられています。どこの世界でも一緒で、減税は人気のある政策ですが、福祉などの財政支出の削減は不人気なのです。
結果的に、レーガノミクスは大幅減税による財政赤字拡大と、強力な金融引き締めというポリシー・ミックスを実施したことになりました。このため、レーガノミクス実施の初年度にはアメリカの国内金利が大幅に上昇しました。特に財務省証券利回り(3ヶ月もの)が70年代後半平均の7.8%から81年には14.0%に上昇したのです。それでも、インフレ期待の低下を受けて86年には6.8%まで低下しますが、見通しの5.6%を上回るものでした。
シナリオには明示されていませんが、サプライ・サイダーたちの期待する減税による貯蓄率の上昇も実現しませんでした。財政赤字とともに双子の赤字と称される経常収支の赤字も大幅に悪化したことは、特に指摘すべきでしょう。このようにレーガノミクスの成果は80年代に関する限り、インフレの低下以外にはほとんどみるべきものがなかったといえるでしょう。