社会調査工房オンライン-社会調査の方法
←戻る
5-1-9 いろいろな「みる」
Example 「落書き(グラフィティ)を“みる”」
表現行為と違法行為の境界線上を考察すること
立石尚史
<立石尚史:プロフィール>1977年奈良県生まれ。現在、京都文教大学人間学研究所事務員。本稿の内容は、2003年度立命館大学大学院社会学研究科修士学位請求論文「『落書き/グラフィティ・ライティング』をめぐる問題についての一考察――『対抗する地域コミュニティ』と『描き手』との相互作用の可能性――」での研究を基に書き下ろしたものです。


1.『落書き(グラフィティ)』とはなにか

1−1「落書き」のイメージ
 みなさんのなかには、子どもの頃、よく授業中に教科書の隅に「落書き」をしたり、あるいは今でもふとした拍子にノートや講義室の机の上などに「落書き」をやってしまうことがある、という人は多いのではないでしょうか。また、街中に掲示されている広告ポスターに「落書き」がされていたり、旅先で出会う名所のモニュメントや寺社仏閣の柱などに自分の名前を刻んだりする「落書き」も、しばしば見うけられる光景です。
 文房具屋で見かける「らくがき帳」と銘打った商品が示すように、「落書き」には、子どもの頃の自由きままな描画・筆記活動を思わせるイメージや、一方で「してはいけない行為」としての「落書き」、つまり「いたずら書き」のようなイメージをも思い起こさせます。

1−2「落書き」の特徴的な形式としての「グラフィティ(Graffiti)」
 筆者は、そんな「落書き」のなかでも、とくに近年流行している「グラフィティ」と呼ばれる種類の「落書き」に注目しています。
 グラフィティは、主に1960年代後半から1970年代初頭のニューヨークにおけるエスニック・マイノリティの若者たちによる活動が発祥とされています。ラップやDJによる音楽的実践、およびブレイク・ダンスといった「ヒップホップ」と総称される若者の対抗的な文化運動とも密接な関係を有しています。「グラフィティ」は、そんなヒップホップ文化の普及とともに世界中で実践されるようになった、屋外におけるスプレー缶やマーカーなどによる落書き行為の特徴的な形式を差します。最も代表的な事例としては、一時期のニューヨーク地下鉄の車両に施された無数のグラフィティではないでしょうか。
 (なお、『落書き』や『グラフィティ』という言葉については、それ独自の厳密な定義付けが難しいため、便宜上、本文では以後『グラフィティ』と一括して表記します。)

1−3 「グラフィティ」の種類
 グラフィティには、いくつかの特徴的なパターンが見受けられます。以下、簡単に説明します。
(1)タグ(tag)
 グラフィティの描き手(グラフィティ・ライター)は、それぞれ独自のペンネームに相当する「別名(タグ・ネーム)」を持っています。単色のスプレーやマーカーを用いて、サインを描くかのように、複雑な書体であらゆる場所に描かれるのが特徴です。


<奈良市、2003年>

(2)スロー・アップ(throw-up)
 少ない色数のスプレーを使って、輪郭線とその内側を塗りつぶして、短時間でタグ・ネームやロゴを描く手法を指します。  


<奈良市、2003年>

(3)ピース(piece)
 もとは「マスターピース(master piece)=傑作」の意味で、豊富な色数のスプレーを用いて描かれる作品を指します。文字が重なり合い、連結し、鋭角的なデザインのものが多く、場合によっては文字だけではなくキャラクターなどのモチーフが描かれることがあります。  


<横浜市、2003年>

(4)ステンシル(stencil)
 型紙の上からスプレーを吹き付けて、同じモチーフを繰り返し描く手法です。  


<京都市、2005年>

(5)その他
 このほかにも、タグ・ネーム等を描いたステッカーを貼る手法や、鋭利な金属で電車の窓などに「ひっかき傷」をつけてタグ・ネーム等を描く手法なども知られています。


←戻る
copyright(c)2004 Konan University All Rights Reserved.