5-1-9 いろいろな「みる」
目次
2.『グラフィティ』を研究対象として考える
2−1 グラフィティの増殖 このように、いくつかのパターンを有するグラフィティですが、グラフィティ・ライターのあいだでは、完成度の高い作品に対しては、それよりもレベルの劣る作品を描いてはならないという「暗黙のルール」が共有されているため、開かれた競争原理のなかで、お互いの技術を切磋琢磨していく姿勢が求められています。その結果、グラフィティ文化の世界的な広がりとともに、あらゆる場所でいくつものグラフィティが出現することとなったので、先述したようなグラフィティを身近な場所で見たことのある人も多いかと思われます。 2−2 多様な価値観を有するテーマとしての「グラフィティ」 日本においても近年、グラフィティの増殖に伴って「落書き防止条例」を制定する市町村が増えつつあり、グラフィティが「落書き対策」のなかで対処すべきものとして位置づけられるようになりました。しかし一方では、グラフィティの独特のデザインをモチーフにした広告なども見受けられたり、美術館においてグラフィティをテーマにした展覧会が試みられるなど、現代社会のなかでその存在が浸透しつつある状況でもあります。つまりグラフィティを描くことは犯罪行為でもあり、また一方ではある種の表現行為としても受け入れられる機会があるのです。またグラフィティに嫌悪感を覚える人がいる一方で、グラフィティのモチーフが広告や商品イメージに付与されて、社会に流通する場合もあります。こうして多様な価値観を内包しながら、公共空間のなかで繰り広げられる文化的実践として、グラフィティは研究対象として興味深いテーマとなります。 2−3 「みる」ことの多様な可能性を考える では実際にグラフィティを調べるために、いざ街のなかで「みる」ときには、グラフィティの大きさ、色、描かれている内容(言葉、モチーフ、図形など)、あるいは使われている道具(スプレー、マーカーなど)、描かれている場所の特徴といったものが観察の対象になることは、すぐに思い浮かぶでしょう。 また逆説的ですが、「何らかのきっかけや働きかけによって、消えたグラフィティ/消されたグラフィティ」の「痕跡」も、しっかり“みる”必要があることが考えられます。とくにグラフィティは、その特徴上、ある日突然姿を消す可能性もあるわけです。ですから、何度か現場に足を運ぶうちに、「グラフィティが放置されたまま残っている場所」や「グラフィティが描かれても、すぐに消される場所」という特徴が見えてくると、それらの場所における重要な情報がおのずと浮かび上がってくることにもなります。 このようにグラフィティは、その特徴ゆえに、公共空間のなかでも特に「みえやすい痕跡」として捉えることができます。しかしそれを生み出した行為者の姿や真意は「みえにくい」ので、結局のところ、目の前の「グラフィティ」が含んでいる多様な情報は、そのほとんどが、観察者自身による「ものの見方」に左右されやすい対象であるともいえるでしょう。 以下では特に、筆者にとってグラフィティ調査のなかで痛感した「文脈のなかで“みる”」、そして「“みる”人の立場や状況によって、見えているものが異なってくる」という、二つの点について述べたいと思います。 |