社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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5-1-9 いろいろな「みる」
Example 「落書き(グラフィティ)を“みる”」
表現行為と違法行為の境界線上を考察すること
立石尚史

目次
  1. 『落書き(グラフィティ)』とはなにか
  2. 『グラフィティ』を研究対象として考える
  3. 文脈のなかで“みる”
  4. “みる”人の立場や状況によって、見えているものが異なってくる
  5. おわりに


4.“みる”人の立場や状況によって、見えているものが異なってくる

4−1 ふたつの壁画
 つぎに、AとBのふたつの写真を見てください。


<横浜市、2003年>


<大阪市、2003年>

 公共の壁に描かれたこれらの作品は、スプレー缶を使って色に陰影をつけ、鋭利な輪郭でイラストとロゴを描くなど、そこで強調される表現スタイルには共通点が見出され、近年のグラフィティにみられる特徴に則っているものとしてみることができます。
 たとえば、背景の高層ビルの描き方などは非常に酷似しています。


<Aの作品における背景のビル>


<Bの作品における背景のビル>

このように、「グラフィティ文化」の一般的な特徴として、「他者の表現スタイルに対して最大限の敬意を払いつつ、その表現技術を積極的に模倣し、転用する姿勢(=『リスペクト』と呼ばれます)」が推奨されるため、これらのグラフィティの作品のなかでは、しばしば酷似した表現方法を見出すことが可能になります。

4−2 「これはグラフィティではない」?
 ところが、これらA・Bのふたつの作品は、見る人の立場や状況の違いによって、片方がグラフィティであり、もう一方が「グラフィティではない」と見なされる場合があるのです。

 まずAの作品について説明すると、これは日本で最も有名な「グラフィティのメッカ」とされた、横浜市のある鉄道の高架下にて描かれたものです(現在は廃線に伴う再開発のため存在しません)。



<Aの作品の採集場所。 横浜市にあった鉄道の高架下にて>

 一方、Bの作品の正体は、実はかねてよりグラフィティの被害に困っていた大阪市のK商店街が、グラフィティに対する予防策として商店街の壁を開放し、一般市民による「壁画コンテスト」を開催した際にエントリーされて描かれたものです。さらにBの作品はコンテストにおいてその技量が認められて「最優秀賞」を獲得し、コンテストにおける「代表的作品」となったのです。


<Bの作品の採集場所。大阪市のK商店街における壁画コンテスト>


4−3 審査員によって認められたBの作品

 実際にこの壁画コンテストを観察していた筆者は、Bの壁画の作者たちが「グラフィティ文化」に普段から親しんでいるであろう根拠をいくつか確認していましたが、そもそもグラフィティに対する異議を唱えるために開催された壁画コンテストにおいて、果たして彼らの作品が受け入れられるかどうかは微妙な問題だと感じ、複雑な気分で見守っていました。しかし結果的には審査員によってBの壁画は「優秀作品」として「認定」され、筆者は非常に驚いてしまったわけです。それはあたかも「グラフィティの“勝利”」であるかのような光景にすら見えたのでした。


4−4 みる人の立場や状況によって変わる認識

 筆者は「グラフィティ文化」を研究対象としている以上、「こういうものがグラフィティである」という判断基準を普段でも意識しながら生活しているわけですから、先にあげたAとBの両方の壁画について、その類似性を認識しやすい立場にいたことになります。
 しかし一方で、グラフィティのことについてよく知らない人が見た場合、Bの作品を「これはグラフィティと同じものである」とは見なさない可能性があるわけです。実際、このAとBの写真を見比べてもらったうえで、商店街の壁画コンテストの主催者にBの作品について尋ねると、「Bの作品はこちらが指定したテーマに沿って描いてもらったので、絵の種類はぜんぜん違うと思う。」「Bの作品は『作品』になっている。確かに綺麗とは言いがたいけども・・・」といった答えが返ってきました。たとえ個人的にはBの作品がグラフィティと似ていると感じられたとしても、主催者としての立場や、商店街としての見解に即したうえでは、これを「作品」だと認識せざるを得ないという可能性を示唆しています。



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