あらゆる調査において、人と人とが関わる社会を学ぶうえで、基本は人と人との関係にあります。どれほど調査技法を学ぼうと、人間関係を無視して調査を行うことはできません。社交的であることがフィールドワークの秘訣なのではなく、相手と自分の距離感、関係性を認識することが大切です。身近な関係であるがゆえに、話しにくいこと、尋ねにくいことがあります。相手にとっても、日常生活での付き合いがないことによって、話しやすい場合もあります。
あなたが何者であると見なされるかによって、調査の展開に影響を及ぼします。社会や状況においては、性別、年齢、国籍、職業などによって異なる扱いを受けることもあります。「未熟な学生なんか相手にされない」と不安に思っている人がいるかもしれませんが、実際には、かえって気安く親切な対応をうけることが多いものです。就職して肩書きを得ると、公的な機関やさまざまな組織との接触はしやすくなるかもしれませんが、一般の人々からは警戒、敬遠される場面も増えます。自分がどのような存在として相手に映っているのかを、どこかで意識しておくとよいでしょう。
調査におけるキーパーソンには、私の経験では、3つの要素があります。(1)調査の内容に深く関わる情報をもつインフォーマント、(2)豊かな人脈をもち人と人をつなぐネットワーカー、(3)調査のあり方を掘り下げ問いかけるアドバイザー。複数の要素をそなえた人物が存在し協力をえることができれば、調査の進行にとっては心強い。しかし、こうした人物は、その社会のなかでは発言力、影響力をもつ場合がよくあります。調査者が誰と「組んでいる」と見なされるかによって、現地での微妙な社会的、政治的関係に意図せずに巻き込まれることもあります。フィールドワークにおいて、調査者が中立的な立場をたもつことは実際には容易ではありません。
調査補助者がどのような作業に携わるかは、調査のかたち、方法によって一様ではありません。慣れない環境で調査を実施する際には、現地で調査補助者を雇用する場合もあります。滞在の諸事にわたり窓口となり、ことばや習慣を通訳し、情報収集にも携わる。上記のキーパーソンとしての要素をそなえ、調査者と長い時間をともにし、その間に多くの議論や私的な会話をかわすこともあるでしょう。調査補助者やキーパーソンなどさまざまな出会い、協同作業のかたちは、調査の行方を大きく左右し、関係性の変化はフィールドワークに奥行きを与えます。その一方で、協力者との関係がこじれ調査が続行できなくなることもあります。
調査の現場で、どこまで対象者、状況に入り込んでよいのか、相手の内面的な問題にふれてしまったとき何を記録してよいのか、取材相手が了承したとしてもその情報をどこまで公開してよいのか、細心の注意が必要です。相手にどこまで自分を開くかも、現場において意識して考えてゆかなければなりません。また、訪問者、一時滞在者であることによって節度を欠いた態度、行動になっていないか、お金や物の管理が不届きなため盗難などをおこしやすい状況をつくっていないか、など、調査者の倫理、態度を見直すことも大切です。
調査は、調査をする側が仕掛けた行為です。相手に負担をあたえ、迷惑をかけてしまうこともあります。相手から時間をうけとるだけでなく、調査者、協力者の双方にとって充実した、楽しい、時間になるよう少しでも心がけたい。また、協力をいただいた人に、調査後にどのような挨拶をしていますか、感謝の気持ちを伝えていますか。調査をとおして学んだことを報告書などのかたちにして、届けることも大切です。
調査者は、いかに調査をするか、対象との関係を築くことについては深刻に考えます。調査をしなければ会わなかったかもしれない人々と、調査をとおして知る機会もあるでしょう。しかし、出会い以上に難しいのは、その後ではないでしょうか。調査のなかで生成した関係性は、調査とともに終わるのでしょうか、終えるのでしょうか。さまざまな出会い方や別れ方があります。こうした正解のない問いを考え続けることも、フィールドワークという行為です。
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