社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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5-1 基本編―フィールドワークを始める人へ
フィールドワークとは
5-1-2 二重のカルチャーショック



文化人類学とは、さまざまな地域や国家、宗教、民族、言語、階層、世代や時代、などを対象に、そこに生きる人々から文化の多様性を学び、私たちが普段当たり前のこととして見過ごしてきたものの見方をとらえなおそうとする分野です。文献研究にとどまらず現場でのフィールドワークを大切にします。日本だけでなく、言葉や生活習慣が異なる、いわゆる“異文化”にまで出かけることもあります。これは、異なる文化や場所のあいだを移動しながら体験するいくつものズレの感覚をとおして、自分のものの見方をとらえなおそうとする試みです。

ズレの感覚は、二重のカルチャーショックをとおして意識します。第一のカルチャーショックは、フィールドワークの現場において感じる違和感や感動です。日本(慣れ親しんだ環境)での価値観、生活習慣が所変わるば通用しない、自分の言動が誤解されてしまう、相手をうまく理解できない。あるいは人から受けた好意に深く心を動かされることもあるかもしれません。第二のカルチャーショックは、フィールドから日本へ戻ってきたときに感じる居心地の悪さです。以前は疑問を抱かなかった日本での習慣を奇妙だと感じたり、改めて見直したり、異文化での体験をうまく説明できない、伝えられないといった体験です。

こうしたカルチャーショックをきっかけに、異なる場所での居心地の悪さや、伝えることの難しさを考え始めます。違和感について考えることは容易ではありません。妙だ、と感じる「対象」を理解しようとすると同時に、なぜそれを「異質」であると感じるのか、その背景にある思想をもつきつめて考える。つまり、異文化にふれながら自分を意識し、異なる文化のあいだのズレを自覚的に捉え、翻訳し、第三者に伝えようとします。

フィールドワークをする場合に限らず、生活環境が変わることによって違和感をもつことは、誰もが生活のなかで幾度も経験しています。大学に入学したとき、親元から離れて一人暮らしを始めたとき、パートナーと付き合い始めたとき、就職したとき、などなど。文化人類学のフィールドワークも、そうした体験と大きく異なるものではありません。ただ、そこでの体験を意識してとらえ考えようとします。

異なる環境に入り込んだときに程度の差はあれ、誰もが次のような問題に直面するでしょう。ひとつは、自分を紹介することの難しさです。どのような社会や集団のなかで仕事をするとしても、まずは自分を知ってもらわなければなりません。日本での所属や肩書、出身地などを伝えたとしても、相手とってあまり意味をなさない場合があります。自分がどういう人物で、これまでどのようなことをしてきて、何故、今、ここにいて、これから何をしたいのか。こうしたことをどう伝えるか、真剣に考えざるをえません。つまり、「私って何?」と自分自身に問いかけることになります。

もうひとつは、その社会において、相手にとって、私は何者かを知ることの難しさです。人々のあいだで「私」はどのように映っているかを意識しなければ、どれほど一生懸命に自己紹介をしても、相手を知ろうとしても、それが一方的な押し付けや誤解を招くことになりかねません。また、ある社会に置かれたときに、自分の存在が周囲の人々から勝手に解釈されてしまうこともあります。人は、その存在が無垢ではありえないのです。

他者にとっての自分が何者かを考える視点は、翻っては自分が人をどのような枠組から見ているか、位置づけているかを改めて考えることになります。真摯な気持ちでぶつかってゆくだけでは、目的に向かって突っ走るだけでは、かえって相手も自分も社会も見えてこないことがよくあります。自分の立ち位置をかえ、時には、外から社会やある場所を眺め、見る方向や焦点をずらし、変化に鈍感にならないように状況をよむ。文化人類学をとおして学んだことを、職場や暮らしのなかで活かそうとしますが、なかなか難しいですね。


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