社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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5-1 基本編―フィールドワークを始める人へ
安全・関係・時間
5-1-15 フィールドワークと時間



時間の制約は、フィールドワークのあり方を大きく左右します。時間に追われるだけではなく、複数の時間感覚をもつことで、フィールドワークのとらえ方も少し変わるかもしれません。ここでは、フィールドワークと時間について、「期限からの逆算」、「時機をまつ」、「偶然をつむぐ」、「発信して開く」という4つの側面から考えてゆきます。

調査研究の実績報告や論文提出には期限があります。時間内で成果をかたちにするには、周到な準備とそれなりの戦略が必要です。調査目的、調査設計をきちんとたて、納期から逆算して時間を配分し、作業をすすめなければなりません。こうした調査をいくつも重ねることによって、一つ一つの調査のデータを蓄積し、残された課題を次の調査研究へと活かすことができます。時間の制約はプレッシャーですが、期限がなければ、「まだじゅうぶんではない」と謙虚な言い訳を続け、報告書や作品にまとめる機会を逃してしまうでしょう。長い目でみれば、目の前の締切は有難いのかもしれません。

フィールドワークにおいて、「時機をまつ」には2つの面があると思います。ひとつは、調査者自身の問題意識が熟するまでの時間です。始まりは漠然としていても、気になる情報を集め記録を作成し、具体的な事例や現象をとおして研究テーマや内容を説明することばを獲得してゆきます。時間はかかっても、そこでえたテーマは、体験や記録や資料に支えられ、厚みのある研究をすすめるスタートとなるでしょう。

もう1つは、状況がととのうのを待つ場合です。研究テーマや追求したいことは明確にあっても、資金、時間、地位、人脈、技能、といった条件がそろわなければ実現できないこともあります。今は不可能であっても、放棄するのではなくしばらく置いておく。いつかチャンスをつくることができるかもしれません。いつか、そのアイデアを別の素材で生かすことができるかもしれません。いつか誰かに助言ができることがあるかもしれません。できなかったことのフィールドワークも、考え方によっては贅沢な財産となってゆきます。

フィールドワークの面白さは、想定外の出来事、未知との遭遇を調査研究に組み込んでゆくことです。自分がたてた問題設定にあまりも固執すると、その枠組に入らないものはみえなくなります。不可解なものに驚き、理解したがたいと慄き、好奇心をふくらませ、「それ」が何であるかを模索しながら探る。自分が依拠してきた習慣、考えから少し距離をおき、別の見方がありうることに気がつき、混乱、困惑することもあります。状況に委ねつつ、しかし偶然を積極的につむぎ調査研究のプロセスをつくりだしてゆく。研究の成果や結論をすぐに導きだすことはできないかもしれませんが、自身の分析枠組や思考の足元を見なおす貴重な機会です。

フィールドワークの現場での体験と、情報を整理し著作、作品として第三者に伝える行為とのあいだには時間的なずれがあります。社会は常に変容し、調査のあらゆる記録は刻々と過去のものとなります。だとするならば、一時のフィールドワークで、変わりゆくものの何をとらえ描くことができるのでしょうか。調査者にとっての現場とは、書き手にとってのリアリティとは何でしょうか。フィールドワークをとおして書くとは、「過去」の記録をその時々の「私」が読み直すという行為なのかもしれません。

あなたが発信したメッセージは、不特定多数の誰かが受け取り、いつかその反応を知ることもあるかもしれません。受信者からの直接の返信があるとは限りません。あなたが放ってきたことばが総体として誰かに影響を与えていたり、ある人の仕事と響きあっていたり、作者の意図とは別に調査データの一部が誰かの目にとまったり、することもあります。本コンテンツでも繰り返し強調しましたが、伝えなければ伝わらない発信して可能性をその後につなぐ。フィールドワークをとおして試してみてください。

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